玉響 | ナノ



部屋に戻った俺は片手に帳簿を持ちながら、空いている片方の手で戸を開ける。
開けた先の光景なんてもはや知り尽くしていた俺だが、重く息苦しい室内の空気が俺へとのしかかって来る迄は知り尽くしては居ない。
なんだ?と目を細めれば、開かれた襖によって室内へと転がり込む日差しにより、同室者の存在に初めて気が付く。
仙蔵のやつまた一段と重苦しいもん放ちやがって……。
仙蔵がこう言った雰囲気を醸し出して居る時は決まってある人物が関わったのだと理解出来る。

重っ苦しい空気を入れ換える様に軽く手で室内を扇ぎ、開けた戸を閉じる。しかし全てを閉ざさずに少しだけ隙間を作れば、転がり込む日差しが日陰の中へ呑まれていく様が仙蔵の後ろ姿と共に瞳へ映し出される。
俺が部屋に戻って来たのに気が付かないのか?
ピクリとも動かない仙蔵にハァ、と溜め息が零れ落ちた。




「今度は何をやらかしたんだ?」

「……、何がだ」

「海棠院が来たんだろ?」


ピクリと揺らいだ肩から振動は伝わり、艶のある長い髪の毛迄揺れた。
だが、刹那に切り裂かれた空気が悲鳴を上げ、俺は無意識にうぉ?!と可笑しな声をあげながら横へと退避。
一瞬と呼ばれる間を空けた後に、後ろの戸へと嫌な音を小さく立て停止。まさかと思い後ろへと振り返れば、黒光するそれは僅かに差し込む日差しにより輝きを主張、五方へと刃物を晒す星形の手裏剣。
クナイじゃないのかよ?!と、予想していたものより更に殺傷能力の高い忍具に俺はおい仙蔵!!と声を荒げてしまった。


「お前!俺を殺す気かぁ?!」

「黙れ阿呆次郎!私は今忙しいのだ!」


黙らないのならば部屋から出ていけ?!さもないとその口にコレを突っ込むぞ!と、今度は焙烙火矢を取り出した姿に俺はさっさと自身の口を塞ぐ。そんな姿に満足したのか直ぐに顔を背けた仙蔵に内心にて冷や汗を拭う。

とりあえず物音を立てない様に忍び足で自身の机へと向かう。
その途中でチラリと覗く背中の向こう側。
其処にはチカチカと目を眩ませる色鮮やかな布地が列を作る。明らかに女物の布地、つまり着物。って、言う事は仙蔵は女装しなければならない事情が出来たと言う事か?学園長のお使い。そう考えれば変装してでも向かわないといけない先なのだろう。
学園長からのお使いは低学年から始まり最上級生の今でも行われている。内容はその学年にあったお使いで、一年生の頃は確か学園長の知り合い迄の内容、上に上がるにつれ内容はどんどん厳しく濃いものへと変わる。山を五つ超えた先の城に潜入中の忍者や街中に潜伏している、顔の分からない穴丑へ近隣各国の状況を聞き出したりとハードルが高くなって行く。
今回は仙蔵へとお使いが回って来たとみたい。

だが、よく思い出せ。
仙蔵のこの雰囲気からして海棠院が来た事は間違えは無いみたいだ。仙蔵もその事に関しては否定はしていない。ならば、海棠院と仙蔵とのお使いとなる訳だが………。





「文次郎」

「!、な、何だ」


思考にハマっていた最中での掛けられた声により、俺のは思っていた自身の声は少し裏返っていた。しかし、仙蔵はそれに突っかかる事なく私へと振り向けば、持っていた2枚目の着物をぐっと前へ差し出す。
なっ何だ?!と身構えていた俺だが、ギラリとすぐ近くで睨み上げる瞳に体はピシャリと固まった。



「どちらだ」

「は?」

「貴様ならどちらを選ぶ!」


差し出された着物、よく見るとこれは帯だ。
右手に持つのは橙を薄く染め落ち着いた雰囲気を持ち、もう片方も先ほどと同様に薄めた色合いの山吹。ぶっちゃければどちらも似た寄った色合いであり、双方変わらないのが俺の意見。
勿論そんな馬鹿正直な事を言った所で丸焦げな末路、此処はなんとなくで行くしか無い……。


「こ…こっち……」


かな?なんて、苦笑いを浮かべながら指を差したのは山吹の方。
仙蔵は一瞬だけピシャリと眉を動かすが、俺が指差した山吹をジッと眺めそしてそうか、の一言で再び背を向けた姿に安堵した。
再びチラリと仙蔵の背中を捉える。相変わらず背筋を伸ばし、また他の着物を手に取っては戻しの繰り返し作業。

いくら同室者同士とは言え、最上級生となれば何時の間にかお使いの内容には触れなくなる。まぁ、中身にも寄るが一月以上掛かる時等は流石に同室者の俺にも声はかかる。


「(海棠院と一緒みたいだが、何故そんなに気合いを入れるのか)」


しかも女装で。

着物を選ぶ友人の姿が、普段より張り切っている様に見えた俺はまさかな?と浮上してきたくだらない考えを再び底へと沈めてやった。









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