玉響 | ナノ



其処に居たのは峰。
相も変わらずその体から滲み出る殺気は抑えきれず、周辺に居る忍たま達を圧倒させる。
しかし、本人はいちいちそれに構って居られないらしく、長屋廊下を真っ直ぐ歩き突き進んでいた所だった。そんな時だ、彼女が横切った廊下のとある一角の襖が突如として開かれた。同時に峰へと一直線に伸びた白い何かが、日差しを浴びた。それは紛れもない人間の手であり、すぐさま峰の左腕を掴んで見せた。パシン!と皮膚を叩く音を鳴らしたと思えば、まるで自身の部屋へと引き込むかの様に力が籠められる。

腕を掴まれた峰は相手のされるがままに部屋へと連れ込まれ、自身が部屋に入った瞬間に後ろの襖がピシャリと閉まった音だけを拾った。しかし、自身の腕を掴む力は一向に緩む気配は無く、逆に籠められていると痛む皮膚により彼女はチッと舌打ちをする。闇の中から伸びたもう一つの手が、暗闇に慣れていない片目に写り出す。

馬鹿が。

犬牙が僅かに顔を覗かせた唇から言葉が、相手に届くか届かないかの最中峰は引かれる自身の腕を更に相手側へと押し込んだ。


「?!」


それに驚いた相手は己へとのしかかる重力に驚き息を呑む。どうやって立て直す?逆に押し切るか?このまま力を受け流し…等と考えて居る暇等無かった。
刹那、闇夜から叩き込まれた眉間の衝撃。ガツンと鈍い音を立てた体から力が抜ける。同時に峰を掴んでいた力が緩み目の前にチカチカと星が光るのが見て取れた。

不味い。

そう思った時には既に遅く、相手の体に2発目、3発目と続ける様に衝撃が走る。そしてぐらついた体が畳に叩きつけられたのだと、やっとの思いで現実に意識が追いついた時既に遅かった。



『誰かと思ったら、また貴様か』


腹にのし掛かる相手は更に体重を掛けてきては、まるで息をさせまいと腹部を圧迫して来る。
同様に自身の額へと向けられるのは色を発しない鈍色。襖の狭められた僅かながらもの隙間から差す、穏やかな日差しすらそれは反射させる事は無い。クナイにしては長く形が歪。一体それがどんな武器なのか?今まで学んできた様々な忍具の中で、一番近い形が脳裏へと浮かび上がり視界が定まらない世界の中で相手は唇を動かす。
だが、言葉は出ない。食道に引っかかる様な不思議な感覚に相手は息を詰まらせた。言葉を発しない代わりに緩やかに動いた唇、それにより峰の口端がつり上がった。


『そう鉈だ。良く分かったな?』

私なりに手を加え形を変えたんだがな……。
そう述べた所で峰は額に当てる鉈を仕舞おうとはせず、更に腹へと体重をかけた。それによって相手はぐっ!と息を吐くも峰は関係ないと無表情だ。
そして跨る形ながらも相手の顔を覗き込めば、一つの隻眼へと相手の姿が写る。



『いい加減にしろ尾浜』


丸みを帯びた長い髪の毛に五年生の制服。五年い組尾浜勘右衛門。
優秀だと騒がれているい組の生徒であり、クラスの中ではNo.2の腕前、知識を用いている。しかし、所詮五年生、五年生の勘右衛門が六年生くの玉である峰には勝てないらしく、今もこう遣って返り討ちに有っていた。
だが、何故勘右衛門が峰へと手を出したのか?それは当事者達にしか分からない事だ。



「峰姉が六年生長屋に行くのが見えたんだ。だからきっと此処の廊下を通ると思って……」

『先輩を付けろ尾浜』

「違うだろ峰姉!俺達は…」

『その事実はどこにある?』

「俺の中にちゃんと残って居るよ!記憶もしっかりと有るし、峰姉も覚えて居るんだろ?!」

腹を圧迫されながらふり出された言葉。含まれる感情は重い。
しかし、直ぐ目の前へと迫った隻眼に勘右衛門は身震いをする。スタイルの良い体から零れる殺気は次第に増し、彼女の機嫌が良く無いと言うのが明らかである。


『いつから私が貴様の幼なじみになった?私には食満留三郎と言う阿呆の幼なじみが居るだけだ。一つ下の貴様なぞ知らん』

「どうしてだよ峰姉……俺はちゃんとちゃんと覚えて居るんだぞ?なのに……」



暗闇の中、峰が跨いだその下から、勘右衛門の「どうして」と言う弱々しい声が沸き上がる。
峰は何も言わず、目を伏せる一つ下の後輩を眺めるしかしない。
彼の襲撃はこれが初めてでは無かった。
この学園に入って、その一年後に入学した勘右衛門と出会って以来、ずっと続いているやり取りと会話。学園内で峰を見た勘右衛門は、久しぶりだと、峰姉、一体どうなってる?と話しかけてきたものの、峰はそれら全てを無視したのだ。
去り際に貴様など知らん。と一言残した峰に勘右衛門は、訳が分からない。と後に成っても峰へ迫る。しかし、話を聞かずに立ち去る彼女を捉え留める策に出たのは勘右衛門が三年で峰が四年の時、つまりこの二人の状態だと言う事。
勘右衛門は何度も何度も峰を捕まえては問う。覚えている筈だ!俺だけが覚えている訳無いだろ!と。だが、彼女はいつも同じ言葉しか返すだけなのだ。


『気が済んだか』


両手で顔を隠し鼻を啜り出した勘右衛門に、峰は一つしか残されていない目を閉じる。
閉じた先も暗闇で股の下で今にも泣き出しそうな後輩に、頭が痛み出しそう。
構えていた鉈を静かにしまい込み、勘右衛門の上から退いた後でも彼は倒れたままの体制から動こうとしない。

立ち上がり暗闇に目が成れてきた峰では有るが、息を吐いては何も言わずにそのまま部屋を出て行った。
パタンと襖が閉まった向こう側、其処から感じる滲み出る殺気をしまわず彼女は何も無かったかの様に歩き出した。
一歩一歩廊下を踏み締める存在は、いつの間にか廊下から立ち去って行った。




何が起きたのか?
未だにこの現状に頭がついて行けない勘右衛門は、ぐるぐると思考を巡らせるしか無いのだ。
考えて考えて、推測と憶測まで導き出された疑問を自身の幼なじみである筈のくの玉女帝に問う。彼女ならば何か知っているかも知れないから。

過去と言える記憶の中でたった一人だけ、不自然と違和感を感じる彼女の姿が脳裏に蘇る。



「峰姉、俺、絶対に諦めないから……」









暗闇の一室で横たわる勘右衛門は、込み上げる涙を袖で拭う。

思い出される彼女との日々が消されてしまいそう。何かに焦るかの様に、勘右衛門はクシャリと自身の髪の毛を掴んだ。



















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12/14
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テーマ「人外ファンタジー」
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