玉響 | ナノ



手に持つのはトイレットペーパー。

いつもの様に厠へと補充に向かう最中の私の脇を一年生がパタパタと走って行く。同時に遠くの廊下から聞き慣れた声が此方の廊下へと響き渡る。
ほら!あっちですよ!とどこかへと行きかけるが、少し間を開けてはあれ?と上がる声についつい口元が綻んでしまう。


決断力のある方向音痴。

そんな彼をいつも手を引き連れてゆくのが三年ろ組の彼なのだろう。
いつもいつも本当にご苦労様。
私にはそれしか言えない。

しかしその賑やかさがは下級生ならではのものであり、どこか微笑ましいものを感じる。

向こうの廊下から確実にやって来るのは確かに彼、左門のもの。
そしてそんな彼の隣にいるもう一つの気配は、同学年の富松であって…………



「(?)」


富松?






あれ?


そこで私は足が止まりそうになる。
気配?
だが、いくら探ろうとするも左門と共にいるで有ろう隣のからは、気配と言える気配が感じられない。

三年生が気配を絶つ方向はまだ学んでは居ない筈。確かあの授業は四年生からだったのを、私は静かに思い出す。
現に左門は気配を絶つ所かその存在を周囲へと知らせている様なもの。そんな彼をいつも共にいる富松が気配を絶っている訳がない。
むしろ、こんなに探っているのにも関わらずかけらすら感じない。

と言う事は上級生だろうか?

下級生の世話が好きな上級生と言えば、留三郎を思い出す。
もしかして彼かな?だったら納得するかも。


すると、すぐ近くまでやって来た左門の存在。
そして、廊下の角を曲がりやって来た存在が瞳に写りだした。


「おお!こっちだ!」


元気なそれはやはり左門であり、そこに現れたのも張本人である左門だ。ああ、やっぱり彼だった。彼の独特の気配は上級生には覚えやすいものである。
では、彼の隣にいる存在は?

迷子にならない様に手を繋ぐそれは細く、白い手を左門が握る。
白い手?

仙蔵?

左門へと向けられていた視線が、繋がれている手を伝い隣の人物へと向けられる。
そして、その人物が一体誰なのかと理解した途端に、頭の中が一気にショートした。



「(え?え?……え?)」




ニコニコと満面の笑みで手を繋ぐ左門。その隣の人物に私は驚いた。



「(海棠院?!)」


異名くの玉女帝。
六年間この学園でくの玉会計委員を勤め、今や会計委員長となった人物だ。堂々とするその仕草で六年忍たまを足に使ったり、軽くあしらう彼女に勝てる忍たまなんて居ない。
逆にくの玉は彼女を慕っており、口を出す所かむしろ応援していたりする。

くの玉には不釣り合いな大筒を取り出したりと、何かと危険な行動を取ったりする。
しかし、そんな彼女を恋慕う忍たまもいるのが事実。彼女へと想いを告げる忍たまや、文次郎から委員会予算を上手く貰えず変わりにくの玉から頂こうとする者。

様は彼女に不用意に近付く忍たまは大怪我し、保健室送りになる。

勿論、私も六年間この学園に居る。彼女との関わりもそれなりにある。

すると、左門が私の存在に気が付いたのか此方に向かいながら、こんにちは善方寺先輩!と元気よく挨拶する。
思考が跳びかけた私だが、普段通りに左門へと挨拶を返した。


「こんにちは、左門」



今から会計委員会かい?と聞けば、はい!海棠院先輩と一緒にいく途中なんです。なんて、楽しく言うもんだから、更に私は驚いた。

余計な事をしないのが海棠院。
そんな印象しかない私には彼女の後輩への意外な一面にちょっと驚く。

海棠院へと視線を映せば、彼女はいつも通りに眉間に皺を寄せ鋭い瞳が私へと向けられる。


「優しいね、海棠院」


隣の海棠院へと言葉を紡げば、彼女は唇の端を少し歪めては笑っていた。


『また、くの玉長屋で迷子になられると困るからな』


ニヤリと歪められたその笑顔は女の子には不釣り合いなものだが、彼女がやると似合っておりどこか格好いいと思えてしまう。
しかし、それでもくの玉長屋から追い出す事はせず、ちゃんと忍たま会計室へと送って行って上げる所は優しい。
上級生としてだろうが、純粋に後輩が可愛いからに違いない。
そう思うと、彼女の行動一つ一つが可愛いと思える。

つい、私の口元が緩んでしまう。それに吊られる様にまた海棠院が笑う。


『さて、神崎。そろそろ行かないと、会計委員長の堪忍袋が切れる』


行くぞ。と一歩を践み出た海棠院だったが、彼女と一緒に居られるのが嬉しいらしく左門はその細く白い手を引き歩き出した。
引っ張られる様に歩く海棠院が走るな。と注意する光景にすらほのぼのとする。

隣を擦れ違う峰は相変わらず背が高く、その身長を少し分けて欲しいな。と思っていた矢先だった。

いきなり、腹部に走った激痛と鈍い重みが私を襲った。
ぐらりと揺らぐと同時に足元の力が抜け、視界が酷くぶれる。手元に抱えていたトイレットペーパーがポタポタ落ちていくのがわかった。

落ちるトイレットペーパーの音の中に紛れる様に、彼女の言葉が紛れ込む。



『(余計な事を思った罰だ阿呆)』





崩れる体制を何とか支えようとした私だったが、最後に転がったそれを踏んでしまい私は盛大に転んでしまった。







後ろでは左門が海棠院へと楽しそうに話し掛ける声が聞こえてきた。














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