短編夢(メイン) | ナノ


すれ違う彼女からある臭いがした。
人間には必要不可欠なもので、常に自身の中を巡り回る錆び付いたそれ。他の人間はそれに気が付くことなく彼女の存在をスルーする。
職業柄、その錆び付いた鉄を何度も味わい、噛み締める事も御座います。バトルの余波を避けきれず、直接私自身に当たった時にはまるで待っていましたと言わんばかりにそれは熱をもつ。幸い黒を基準とした制服を羽織っているためか、多少それで汚れようと目立ちはしません。
しかしそれを漂わせる彼女は酷く汚れていました。
端から見れば泥や油と言った汚れに見えるでしょう。しかし私はわかっていました。彼女の制服にこびりつくそれは血であると。



探していた彼女を見つけました。
三番線ホームに設けられたベンチ。傍らに控えるのはランプラーとアブソルの二匹。一直線に彼女へと近付く私に二匹は一度振り向くも、まるで興味ないと言わんばかりに再び主人へと向き直る。


「お客様、当ギアステーションは深夜0時までとなっております」

『お客さんじゃないんで』

「従業員及び作業員は2時までの業務と決まっております」

『従業員でも作業員でも無いんで』

「では、あなたはなんですか?」

『清掃員』

「作業員ですか」

『アルバイトですよ』

正社員じゃないんで従業員や作業員と呼ばないでくださーい。
ゆっくりと立ち上がった彼女は緩やかな笑みを浮かべる。近くにかけていたデッキブラシとバケツ。ランプラーがデッキブラシを持ち、アブソルが取っ手を加え小さく鳴いた。


『ただのアルバイト。不審者じゃないんで』

「血生臭い作業員がいますか?」


カチリとボールの開閉スイッチ音。まばたき一回した先には浮遊するシャンデラの姿がある。
黒い鍔越しに注がれるのは自身を射抜く眼差し。厳しさとハイライトの無い瞳は、相手を怯ませるには充分だ。
だが、それは自身以外にならばの話しである。
口元の緩みが止まらない。


『お兄さん。サブウェイトレーナー?』

「恐縮ながらマスターを勤めさせて頂いております」

『ああ、バトル専門なら、一般車両の事務作業は知らないかな?』

「存じております。私の管轄内で御座いますから」

『なら、こういった仕事があるのも知ってるんじゃない?』

管轄内なら当たり前だよね?
そう言って彼女は黒に塗りつぶされたホームへと顎を指す。今彼と彼女が居る三番線ホーム。今朝方此処で人身事故が起きている事を彼は知っている。
通勤ラッシュで慌ただしい時間帯。早く早くと人が蠢き目的地へと急く最中事故は起きた。
トレインが線路内へと入ってきた瞬間、その人物は飛び込んだと聞く。自身から飛び込んだとの目撃者の発言。事は自殺として閉められた。
ホームを一時閉鎖し通勤客には別の線路経由と慌ただしい1日だったと記憶に残っている。
事故で起きた後始末するためにと、駆り出された従業員と清掃員達は大変だったに違いない。


「清掃員を装った火事場泥棒で?」

『だからアルバイトだって』

「当ギアステーションが雇っているアルバイトは、売店の販売員の筈ですが?」

『なら、明日にでもアルバイト採用書類引っ張り出して見てみて下さいよ』

私のバイト名、乗ってる筈ですから。

んじゃ、おやすみなさい。


彼女は私に背を向けそのままホームから立ち去りました。
私に拘束されるのではないか、と言う思考は無いのでしょうか?無防備に背を晒す彼女に、私はシャンデラに指示を出すことは出来ませんでした。


後日、気になって仕方ない私は、事務員達に話をし雇用対象書類一式を借りました。
駅員、清掃員、バトル車両整備士に、売店アルバイト。パラパラと捲る書類の中、一際空白の目立つ書類を発見。止めていたファイルから取り外した私は、目を細めました。

ああ、確かにこれは正式にそして表沙汰にするのは宜しくないアルバイトです。

時給額は売店アルバイトよりも遥かに高い。月で計算すればもしかすると私たち正社員より多額の給料を頂くことにもなるでしょう。

採用状態にだけびっしりと文字が詰め込まれ、雇用保険すらかかっていないそのアルバイトに何故か私の胸が痛んだ。

確かに彼女はアルバイトだった。
正社員ではない、ここギアステーションに仮初めで採用されたトレーナー。




―死体清掃バイト―



瞼を閉じる。
暗闇の向こう側で彼女が笑う。


『知ってました?』




そう言うアルバイトも有るんですよ?

別名、マグロ拾い









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