一言目はつまらない。
二言目には無愛想だと言い残し、相手は私に背を向ける。振り向く事なく離れていく彼に、手を伸ばし待ってと縋りはしない。
はいよー。サヨナラバイバイ
これにて完結。
素っ気ないテロップが脳裏を一周してスタッフロールが流れ出す。
スタッフ名は私と今し方別れたばかりの元彼氏オンリー。結末は悲恋。叶わない幸せとでも言っておいた方が味が出るだろう。
が、残念ながら私にはそれっぽっちの感情を相手に抱いた事はない。
強いて言うならばお疲れさまでした。
強いて言うならば明日の朝飯前何にしようか?
と言う内容。つまり相手の事なんてそれっぽっちも考えていないと言う訳。
これでしばらくは独り身。
久々に一人で立ち食いそばに行けると思った矢先に新たな彼氏ができた。
いやいや決して私は尻軽●゙ッチな訳ではない。
棒キャンディをくわえたまま仕事をしているある日、作業に集中していた私は背中越しに問いかけてくる質問に適当な相づちを打ちながら返した。
仕事に集中しているのだから外野のセリフなんてものは右から左。ぶっちゃけ覚えてはいないその内容を後から聞けば、僕と付き合って欲しいと言うものだったらしい。
あ、やらかした。
玄関先で満面の笑みを浮かべている彼クダリさんを見て、自身の失敗を実感した。
何故、しがない清掃員である彼が私に告白してきたのか?
狭いソファーで寄り添ってくるクダリさんに聞いてみれば、「強そうだから」だとさ。何がだよ。バトル?ポケモンバトルか?
トレインに乗車できない清掃員が強そうとか可笑しいだろう。と抱いた疑問は後の事件によって理解せざる終えなくなった。
口元になんかついてる?と、徐に拭った指先には普段は目にしないだろう血ベトがべったりついていた。
あー。うん、思い出したわ。思い出したわこれ。
ズタズタに切り裂かれたソファーに座り込めば、スプリングが軋む音と共に合皮によって守られていた中身がぐしゃりと飛び出す。
足元に転がる破れた雑誌、皿に食器の破片、クダリさんと一緒に買った植木鉢の中身など本当に様々。割れた電球の換えなんてものは無い。朝日が顔を出す時間までは薄暗くゴミが散乱する部屋に手をつける事は出来ないだろう。ゴミ袋の予備どこにしまったかな?と思考を巡らせたその時、床に這っていたそれは緩やかに動き始めた。
『これ以上暴れたら警察に突き出しますんで』
あー、こんな事ならご飯食ってくればよかった。明日は部屋の掃除で大変だろう。たまたま休みがかぶっていて助かったと思う反面、せっかくの休みどうしてくれるんですかこの野郎。有給くれる訳でも無いんだろ糞が。と吐き出したくなる。
頭と体を使った為か、飴が食べたいと無意識に動いた舌は殴られ切れた箇所に触れビリビリと痛みを生み出す。
早く治療しろと脳へ信号を送る傷の数々。しかし、動く体力すら無い私にはそれは無理だと無視をする。
『今回の件は内密にしときます。その変わり部屋の家具の弁償及び私の治療費を請求しますのでそこんとこ宜しくですわ』
ノボリさん。
這っていた黒い影がゆっくりと起き上がった。
ノボリさん。この惨事を引き起こした原拠。クダリさんの双子の兄で、ギアステーションの頂点に立つ人間の一人。従業員だけではなく廃人と言うトレーナーの憧れである彼だが、脳内は酷く残念仕様だったらしい。
クダリさんと付き合い始めて数ヵ月。いきなり部屋に上がり込んできたノボリさんは、私に向かってこの泥棒チョロネコが!と襲いかかってきた。
理解出来ない昼ドラ展開の流れに白目になりながらも、私は来週から始まるハロウィン限定スイーツを食べたい思いで応戦。近所の悪ガキ共と取っ組み合いの日々を繰り返していたおかげか喧嘩にはめっぽう強かった。
しかしノボリさんも修羅場をくぐり抜けているらしく、喧嘩慣れしてますと言わんばかりの身のこなし。お互い喧嘩慣れしているせいか決着つくまで時間がかかったが……。
あーいまスッゴい糖分欲しい。
電気の使えない部屋にいるよりも、ポケモンセンターかビジネスホテルで一泊するべきか?どうせ掃除は明日にならないと出来ない訳だしーー
「ブ、ラボ……」
『は?』
薄暗い室内の中、倒れていたノボリさんは起きあがるなり何やら呟いた。え?なに?ラブホ?
「名前様、あなたは合格、で、御座います」
いや、何がだよ。
いきなり人様の家に上がり込んでくるなり、喧嘩ふっかけてくるとか普通の人間はしない。いや、もしかしたら廃人となったトレーナーには当たり前な症状なのだろうか?
倒れていた彼はガラスが散らばる床の上で、正座をしソファーに座る私を見上げる。なにこの絵図。
「私の大切な弟。あなた様になら任せても良いでしょう」
『……基準は?』
「私との決闘で、あなた様が勝った事により」
決闘とは言わないだろ。あれはどこからどうみても不法侵入から始まる犯罪的な何かだ。おう、ちょっとまて理解出来ない。
『弟、クダリさんの事ですよね?任せてもとは?』
「あなた様がクダリの彼女になる事を許すと言う意味で御座います」
『何で其処にノボリさんが絡んでくるんですか』
「私が手塩にかけて育てた弟で御座いますよ!?」
大切な弟を守れる位の力量が無ければ、いざと言うときどうするのですか!
ダン!と床を叩くノボリさん。申し訳ないがもう少し静かにして欲しいものだ。下の階の人に迷惑がかかってしまい…って今更だよなうん。
つまり、この弟loveな双子のお兄さんは、弟を守れる位の強い女性じゃない限りクダリさんの彼女とは認めないと言う。って事はだよ?クダリさんと付き合い始めた女性は皆ノボリさんの決闘()を受けたと言う事になるのか?
ああ、うん、そうだよね?
イケメン、高収入且つサブウェイマスターと3拍子揃った彼らが、結婚所か未だに浮いた話しが無い事に不思議だと思った事もあったが…………
『全部あんたのせいかよ』
私は普通に生きて、普通に暮らしたいのだ。こんな姑紛いな人とこれから顔を合わせると思うと、ストレス解消法の糖分摂取だけでは絶対足りなくなる。
何より面倒くさい事この上ない。
『すみません。私クダリさんと別れるんで今回の件は……』
「あなた様以上に強い女性が現れる事は無いでしょうから無理です」
夜逃げする準備しよう。
強制的に終わらせようとしたこの喜劇は、最後のスタッフロールにゆくまで席を立つことを許してくれなかった。
了
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