短編夢(メイン) | ナノ


彼女は私だ。
私には無いものを持った私。真逆な私。
彼女は私に無い笑顔を持ち、彼女は私に無い優しさを持ち、彼女は私に無い気遣いを持っていた。
感の鋭い彼女は相手の小さな仕草や言葉に含まれる感情で、すぐさま異変に気付く。
それは風邪を隠していたり、落ち込んでいたり様々な負に気付く。
そして持ち前の要領の良さから立ち回りが上手く、相手のサポートに上手くはまる。タイミング良く出される茶や、書類の整理整頓。
彼女は優しかった。
誰にでも優しかった。
そして暖かいのだ。
彼女が笑う度に周りは明るくなり、同時に暖かくもなる。

そんな彼女に矢印が向いているのを私は知っている。

会う度にその表情は崩れず、テンプレの台詞を並べる地下の番人。

背が高く、スラリとした綺麗な足。
顔も整い仕事をこなす彼は、誰もの憧れだ。
普段は無愛想な癖に彼女がクスリと笑う度に、キツく結ばされたその唇が静かに緩むのだ。
同時に彼を取り囲む雰囲気が変わる。
とても、とても、愛らしい者を見るような眼差しへと変わる。



それをただ見る事しか出来ない。
目の前で穏やかに笑みを浮かべる黒い番人を、私では無い私が対面し楽しそうに笑うのだ。

名前様。と――

私では無い私の名を呼ぶ彼がすぐ目と鼻の先に居るのに、その笑顔を向けるのは私では無いもう一人への私への表情。

ノボリさん。
と、彼の名前を呼び左手を伸ばすも、止めるかの様に右手がその行く先を阻む。


ああ、忘れていた。
今は、「彼女」の番だった。
今の私にこの体の主導権は無かった。

だから見ているしか無い。


それが半年近く続き過ぎた頃だ。
私を抱き締める存在。地下の番人だが、白い番人に私は暴言を吐いてやる。それでも動じない彼に短気なはイラつき、左手が上がる寸前で彼の言葉によってそれはピタリと止まる。


「名前、名前。悲しくない?辛くない?そんな事ばっかりしていたら君が居なくなっちゃうよ?名前、名前。お願いだから居なくならないで?僕の知っている名前居なくならないで」


背中へと回された両手が、私のジャケットを握りしめる音が聞こえた。
同時に肩に感じる暖かさと鼻を啜るそれにハッとし、突き飛ばそうと肩に手を当てるも彼は離さないと言わんばかりに抱き締めるその腕に更に力を込めた。


「名前行かないでよ。僕の知っている名前行かないでよ。短気で直ぐに暴言吐いて、手を出す名前。全然笑わないでいつも眉を寄せる名前。バトルで容赦なく大技を叩きつける名前。五月蝿いっていつも僕の靴を踏みつける名前。照れて隠しが分かる名前」


次々へと述べられる彼の言葉に、私は何を!と声を荒げるも彼は聞いて欲しい。と今まで聞いた事の無い冷たい言葉に私は息を飲んだ。


「名前が居なくなるのはやだ。意地っ張りの名前が静かに消えていくのが分かる。優しくて暖かい名前を僕は好きだよ。でも、名前じゃない名前が、名前になるのが嫌なんだ!」

『っ……クダリ、お前気付いて居て…』

「知ってる。名前ともう一人の名前。明るい名前。にほんばれの名前。僕が知っているあまごいの中に雷を打つ名前じゃない名前。
名前が出て来る回数と頻度が減っているの僕、気付いて居る。だからあまごいの名前が居る今しか言えないから、僕は此処で言うしか無い。名前、聞いて。僕は君が…………



クダリ君!


私の中のもう一人の私が彼を呼ぶ。
同時に動き出した右手を私は彼に気付かれる前に、空いていた左手で掴み取り触らせない様に力を込める。


囁いた告白。


暖かい彼女宛では無い冷たい私宛の言葉に、彼女が嘘よ!嘘よ!と泣き叫んで居るのが分かる。
出して!出して!私を出して!
私はクダリ君がー!


「あまごいの名前。冷たい名前。不器用で直ぐに怒っちゃう名前。はじめてバトルサブウェイにやってきた本物の名前。僕は君の事が大好き」


だから、あまごいの名前。

消えないで。


彼女が泣き崩れた。
膝を付きクダリ君、クダリ君と繰り返す彼女。
どうして?どうして私を出してくれないの?名前?酷いよ、酷いよ!


『(酷い?)』


どこが酷い?
貴様もそうしただろう。ノボリさんが目の前に居るのにも関わらず、私を出そうとはせず嘲笑うかの様に見せ付けた貴様が言うか?
伸ばした左手を止めた右手を私は覚えている。
阻んだのは誰だ?私では無いもう一人の私だった。
嗚咽を上げる私を私は見下ろす。鼻を啜りクダリの名を繰り返し呼び続ける私に、無意識に私の口元は笑みを浮かべる。
どうして?どうして?冷たい私より、明るい私の方が良いじゃないの?優しい私の方が魅力的な筈でしょ?
何で?どうして?教えてよ!クダリ君!
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに成る私の顔に反吐が出そう。私は惨めに泣くとこんな顔になるらしい。
そして、気付いた。
気持ち悪い。
優しい私が。
暖かい私が。
笑顔を振りまく私が。
ノボリさんを前にして穏やかに笑う私が。


コレは








『…………私じゃない』

「……名前?」




いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開ければ、目いっぱいに涙を浮かべ不安そうに覗き込むクダリ。はじめてダブルに乗り、対面し私にビクついて居たあの時を思い出した。
ああ、懐かしいな。
私は皮肉な笑みを浮かべ、クダリの青いネクタイを左手で掴む。そしてその大きな体を引き寄せる様に引っ張れば、彼は抜けた声を同時に上げる。

触れたのは小さな温もり。
そして柔らかな感触。


私じゃない私が金切り声を上げた。












『てめぇの好意に応えてやるよ』


















私の中に居る彼女がボロボロと崩れ落ちる。共にノボリさんへの憧れと好意を捨て去った瞬間でもあった。

この日から、体の主導権は私となった。















二重人格と双子の4角関係







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