欠落では無い。
閉まっているだけ。
名を『感情』と言う。
鍵を錠を付け、それを開く手段を遠い世界へと放り投げればキラキラと弧を描き、姿を消した。
これで開かれる心配はない。
そう決め込んだ五年後、私の隣に立つ彼は鍵を錠を開ける術を手に入れ私のそれを開けた。
開けた先に合ったのは懐かしき『感情』と言う名前。彼はそれに触れた途端に、私に感情が戻った。
今まで氷の様に凍てついていた表情は笑い、怒り、困り、泣き、照れ、そしてはにかんだ。
『感情』の居心地を思い出させてくれた彼に告げた。『ありがとう』と、そして彼から返された言葉に『大好き』の三文字が紛れていた事を知った私は、彼の言葉と私に抱くその感情を受け入れた。
その1年後、麗しき天女様が参られた。
天女様は皆の感情を自身へと向けさせた。
彼女へと向けられた感情は、笑み、照れ、赤面の3つ。
勿論隣に居た彼も天女様へと3つの感情を向ける。同時に、此方へと向けられた感情は無表情。
だから私はそっと彼の耳へと手を添えた。
私の事はお忘れなさい。そしてその約束として、私に貴方の笑顔を見せて下さい。
貴方の笑顔で、私は貴方を忘れましょう。
と。
彼は笑った。
彼は私へと『笑顔』を見せてくれた。
今まで私へと見せてくれた同じ笑みを。
そして彼は天女様の元へと向かった。
私は再び鍵を錠をかけた。
名を『感情』と言う。
彼の笑顔と言う鍵を錠をかけた私はクナイを逆さに構え、勢い良く己の目を抉った。
天女様が行方不明になった2日後、誰かが慌てて私の部屋へと訪れた。
誰かは言うすまなかった!私がおかしかったのだ!と、しかし、私は誰かに背を向けながら己の作業を続ける。
話しは聞いていた。天女様は呪術で自身を虜にしていたと。その結果、天女消失後別れた筈の忍たまとくのたまが復縁したと。
しかし、誰かは遅かった。
しかし、誰かの相手が悪かった。
私と言う相手が。
私は静かに立ち上がり、土下座する誰かの脇をすり抜けた。後ろで誰かが言葉を紡ぐ、しかし、他人の言葉をいちいち聞いてやる程、私はお人好しでは無い。
一人勝手に廊下を進めば、誰かが私の腕を引き立ち止まる。
「私が言っているのは自己満足だとわかっている!だが、私はお前と、名字ずっと一緒に居たいと言う気持ちは、あの女とは異なるのは確かなんだ!だから頼む……名字…私を…‥」
其処で私は誰かへと振り返った。
同時に息を呑むのが分かる。
『触らないでくれる?』
誰かの目には映っているだろう。
赤く滲み出る包帯を目に巻く私の姿が。
掴んでいた手が引いた。
同時にどしゃりとその場に崩れ落ちる音がした。しかし、誰かがその場に倒れようと私には関係ない。
ポタリと滴ったそれが床で弾く。痛みも増して来た。早い所、医務室で痛み止めの薬と新しい包帯を頂かなければ。
私は止まっていた足を進めた。
遠くからバタバタと騒がしい音が此方へと響き渡る。同時に、誰かの名前を呼んだ。どうやら誰かの名前は久々知と言うらしい。
ギシギシと鳴る廊下。
あと、半年もすればこの廊下を歩く事も無くなるのだろう。
懐かしいと思う過去の思い出だが、同時に感謝しきれない位の物を私は此処で学んだ。
忍具、忍術、暗殺術、そして完璧な感情の幽閉。
一度しまい込んだ感情は誰かの手により表へと姿を表す。忍者にはあるまじき感情、三禁、三病を引き起こす原因となる感情を、私は再びしまい込む事が出来た。
『彼』の笑顔と言う名の鍵を錠でしまい込む。そして、そんな『彼』の笑顔を鍵を錠を二度と外させない様に目を抉る。
だって、彼の笑顔が私の目に映り込んだ途端に、約束は破られてしまうから。
もう一生破る事の出来ない約束。
ありがとう天女様。
貴方のおかげで、私は完璧なくの一になれるでしょう。
鼻で笑い心にも無い事を私は言ってやった。
了
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