方程式の惨(さん) | ナノ


□鍋で


8ページ/10ページ

お願い、は組のみんなを傷つけ無いで……。

か弱そうにすがりついた彼の手、同時に顔を隠しながら肩を震わせこれで完璧。胸の奥で完成!と手を叩いてやれば頭上から上がる私を気遣う言葉に、喜八郎君を真似て大成功〜なんて言ってみる。


「大丈夫だよ美那ちゃん。彼等と喧嘩しに行く訳じゃないよ」

「そう、話し合いに行くだけ」


にっこりと笑ってまた私の頭を撫でてくれる勘ちゃんの笑顔がちょっとだけ怖かった。その隣で目を細める兵助君。話し合いと言っても私が想像する話し合いではない事だけは確か。だけど、これで私は良い。
は組には痛い目にあって懲りて貰わないと困るんだもん。


「美那は待ってろ」


こんな状況ながらも、白い歯を見せてニッカリ笑う八君。タケメンの異名は伊達じゃない。



中華鍋で電波を茹で上げて









部屋を出て行った五人。
私は隠していた顔を上げみんなが居なくなった事を確認する。
私だけが残された部屋の中はガランとしていて、一気に寂しく感じた。
待ってろと言われた私だけど、此処で大人しくしてなんか居られない。むしろ、私自身が立てたフラグなんだから、今から起きるだろう喧嘩に乱入して私が涙を流し儚くか弱い姿でみんなの心を一気にかっさらって行く方法でフラグ回収。
うん!これで良いわね。
でもだからと言って、今すぐ食堂に向かってはいけない。
少しだけ時間を開けなくちゃいけないから、時間潰ししなくてはね?うーんどうしようかな?
此処最近一緒に居られない六年生の所かな?でもでも、泣いていた筈の私が六年生と楽しくお話していたとか可笑しな話しになる。いくら補正が効いているとは言え、些細な事で不信感を抱かせちゃいけない。

そうなれば、早く行動出来る様に食堂近くな場所に待機してれば良いよね。

場所はどの辺りが適してるかな?
とりあえず、部屋から出なくては始まらない。私は動きづらい着物の皺を払い、目元を静かに擦り部屋から出た。

矢先だった。


廊下を出て直ぐ目の前に立ちふさがった存在、それが五年生の制服だって分かった途端もしかしてもう戻って来たの?!と、驚いちゃう。だけど、慌てて顔を上げれば私が予想していた人物とは違う人が其処に立っていた。


「っ…亮君」


見上げた先に居るのは鉄壁の前髪を持つ亮君。ほんの一瞬だけ亮君じゃん!ラッキー!と思っちゃったけど、彼が私を置いては組の子と置いて行ったのを忘れもしない。
だけど、亮君みたいな控えめな性格だと、は組のあの強引さに飲まれて自分の意見を言えないに違いない。私はそう推測しながら手首を腰元に置き、両頬に空気を入れては膨らませる。


「亮君酷いよ!私を置いて行っちゃうなんて」


少し腰を低くし下から見上げれば、亮君視点からは可愛い天女様上目使い。これでどうだと、涙目にしてみるが表情から読み取れるものなんてこれぽっちも見当たらない。
このキャラガード固すぎなんですけど……。
誰よ?こんなキャラ作ったの?アニメスタッフ?キャラクターデザイナーでしょ絶対。面倒なキャラクター作ってくれてもう!!


『すみません。場の空気に流されてしまいました』

ほらやっぱり。推しに弱いんだ。私の予想的中じゃん!


「今度からは私を置いて行かないでね!!」

そう言ってまた亮君の腕にしがみつく。
再び彼を見上げるも、ピクリともしない雰囲気と表情。このキャラ、もしや長次君並みの表情の堅さか……。しかし、やっと私の願いが通じたのか彼はふわりと笑ってくれた。


『香を……』

「なに?」

『貴方は香を焚いて居るので?』



こう?高?……ああ!香ね!!よく時代物の夢小説とかで、殿様が焚いたり贈り物で渡したりするあれだよね?
数え切れない位に種類があって、他のアニメでは合わせ香や香当てのゲームなんてして居た筈!でも残念。私は香の炊き方を知らないし、手間が係りそうなものなんてやらない。
だとすれば、亮君の言う香ってのは……


「もしかして、香水の事かな?」


朝一番に身支度を整えてからの香水は今や欠かせない必須アイテム。
高校生に人気な香水、インカントチャームとエンジェルハート。定番だし何より落乱の世界では絶対に存在しないし作れない品物。


「亮君香水嫌いだった?」

『嫌いでは有りません』

「嫌いじゃない?どう言う意味?みんな良い香りだって言ってくれるよ?」

『すみません。僕、鼻が利かないんです』

ですから、香の事を言われてもさっぱりです。
何事も無く普通に話す亮君だけど、鼻が利かない忍者とか有り得ない。五感を研ぎ澄ませて何たら〜な文章を小説で読む私には、彼の言葉に理解出来ない。
五感の一つ失ってる時点で忍者としての道は無いんじゃない?
しかし!本心をペラペラと言える程私の口は締まりが悪い訳じゃない。此処は可哀想と同情する所だよね?
私は乾き始めた瞳に再び水を溜めた時だった。頭上から溜め息が零れ落ち、勝手に耳がそれを拾う。



『僕、着替えたばかりだったんです』

「着替え?水にでも濡れたの?」

『いえ、クラスメートの一人が臭うから着替え来いと』


にっ臭うって?!
それってもしかしたら私が亮君にしがみついた事から付いた匂いの事?!
しかも彼のクラスメートは確か…は組の子!!香水が臭うとか!確かに臭うけどこれは良い匂いの方で、臭いとかの臭いな訳じゃない!
何よは組ったら!とことん私をこの学園から叩き出したいみたいで……






『それと、臭いを消して来いと言われたのですよ天女様』

「消して来いって…亮君迄酷い事を言うの?」


酷いよぉ……亮君。
今回は更に出血大サービス!豊富な胸を押し付けて彼の視線を胸に集中させる!にやける口元や鼻の下が伸びて行く様を見届けようとした私だけど、亮君が口元に笑みを浮かべた瞬間、ぞわりと足の裏で虫が這う感触が襲う。



「え?」


何?

ぞくぞくと伝わってくる感触が、足を伝い下から上へと込み上げれば寒気と気持ち悪さ。不思議に思った私は静かに足元を見下ろした瞬間、左顎に走った衝撃。
勿論いきなりの衝撃なんかに耐えきれない私の体は、長屋廊下から吹き飛ばされて外の地面の上へ叩きつけられた。








「…な…ぁ…ひが……」


軒下が見える位置、長屋を支える柱迄見える場所なんて地面からしか無い。
打ち付けた場所が、顎が、お腹が、耳が、ほっぺが………違う分からない。痛い場所が有りすぎてどこか分からない。
ただわかるのか体中がビリビリに麻痺していて、動かせないのがわかる。だけど、そんな私にトドメを差すようにうつ伏せの後ろ首筋にのしかかる黒い影。影は容赦なくぐっと体重を掛けてくる。喉から込み上げたのは自身でも聞いて居て気持ち悪い悲鳴だった。
聞きたくない!止めて!こんな醜い悲鳴が私の物の筈が無い!
でも止まらない。止まない。この重りが解かれない限り。





『さて、敷地内のごみ棄て場はどちらの方角でしたか………』






後ろで上がる彼の台詞に目が見開いて行く。

信じられない。
どうして?
どうしてよ?
亮君。













横たわり見切れた視界の隅っこ。辛うじて瞳へと映し出したのは、薄桜色と血がこびり付いた三味線の胴部分だった。















110426


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -