珍しいポケモンだった。イッシュ地方ではまず見ることのないそのポケモンに気がついたのは、ボールから出していたエモンガ。
浮遊するそれに一鳴きすれば、不思議な音色で返事を返す。
ぴょんぴょんと小さく跳ねるエモンガが面白いのか、体が触れるギリギリの所を漂う。
エモンガの後を追うように飛び出たのはコアルヒー。このポケモンも好奇心が押さえられないらしい、鳴きながらそれを追い掛ける。
3匹ともどこか楽しそうだった為、エモンガとコアルヒーのトレーナーは微笑ましく遠目で眺めていただろう。だが、3匹の後ろからゆっくりと現れた一人の女性に、カミツレとフウロは慌てて二匹へと駆け寄った。
「ごめんなさい!私のコアルヒーが!」
相手側からすれば、見知らぬトレーナーのポケモンが、自身のポケモンに集っているようにも見えるだろう。人は様々でこれに対し気分を害する者もいる。
だけではない。此処にいる二人はれっきとしたジムリーダーであり、小さなスキャンダルとなる事はなんとしても避けなくてはならなかった。
慌てて自分のポケモンを抱き上げた所で、カツリとヒールを鳴らしたその足が視界に写り込む。
まずいかな?
と内心ビクつかせていた彼女とは裏腹に、隣でエモンガを抱き上げた友人の声が上がった。
「あなた、もしかして名無し?!」
息を飲み込んだのと顔を上げたのは同時だった。
え?と、小さく零し視界に捉えたのは白衣を着た一人の女性。日の光に浴びた銀髪は動く度に輝き、焼けてない白い肌がやけにまぶしかった。すらりとした等身は隣にいるモデルカミツレと同じくらいで、一瞬モデル業界の人間かと思った。が、不気味なまでに刻まれた隈がそんな訳あるかと主張していた。
『…カミツレさん?』
「ええ!そうよ!!名無し本当にひさしぶり!何十年ぶりかしら」
驚きと喜びが混ざり合うカミツレに彼女は驚く。目を丸くする彼女に気がついた名無し。にこりと笑みを零し小さく礼をする。
『初めまして。名無しと言います』
「フウロ紹介するわ!彼女は名無し!私の友人でもあり、あのサブウェイマスターのノボリとクダリの妹なの!」
サブウェイマスターと言えば、ライモンシティの地下を牛耳っていると噂される双子のトレーナー。
廃人が集う頂点にたつトレーナーでありながらも、イッシュ地方に住む人間の足となる地下鉄全てを管理してる存在。
老若男女問わず人気なあの双子に、妹が居たなんて初めて聞いた。今まで聞いた事のない話であり、フウロは信じられないと言わんばかりに目を見開く。
「妹……?でも、あの二人には……」
「まぁ、昔色々あってイッシュから離れていてね。あの二人も聞かれない限りは言わなかったんじゃないかしら?…ってそんな事よりも!」
振り向いたカミツレが名無しと呼ばれた彼女の肩を掴む。掴まれた本人は首を傾げるだけで、凄い形相のカミツレに怯む様子はない。
「貴女なんで連絡をくれなかったの!?向こうにいったら手紙くれるって言ったじゃない!」
その言葉に名無しはクスリと笑みを浮かべる。
まぁ、色々とね。
なぜ連絡をしようとしなかったのか?知られたくない理由があるのかも知れないが、いまのカミツレにそんな理由は通じないだろう。
エモンガを肩に乗せた彼女は、心配したんだからね!馬鹿名無し!と今にも泣きそうな顔だ。
『色々あったのよ…本当に』
「色々で全て許されるなんて思わないで!いきなり顔をひょっこり出して……!貴女周りからなんて言われてたか知ってるの?!今顔を出せばみんな幽霊かなにかだって騒ぎ出すわ!」
カミツレの言葉にアンノーンがピクリと動く。
浮遊し揺れていた体は名無しの後ろへと隠れ、向かい合う二人をジッと鋭く睨む。カミツレは気付いて居ない。がフウロは自身を睨むポケモンに、疑問符を浮かべた。
『それは既に言われたわ。"よく"生きていたねって』
「笑い事じゃないわお馬鹿!私がどれだけ心配したかーー」
ふと、カミツレの言葉が止む。
エモンガがどうしたの?と顔を覗き込めば、彼女はぱちくりとまばたきし名無しを見る。
「名無し、貴女いま何をしているの?」
『自称考古学者。ある資料を探してたら、家にある事が分かっての。調べものついでに里帰りもね』
「本当に考古学者?にしては随分とーー」
窶(やつ)れている。
名無しがクスリと笑う。
仕方ない事なの。
どうしても調べものに夢中になってねーー
これでもちゃんと食べてるからーー
だから気にしないで。
「貴女がそう言うならーー」
「名無し…さんは、ずっと此方にいる予定何ですか?」
『うん?』
「考古学者って事は各地を調べ回ってるかと思って……」
「そうよね!名無し貴女考古学者なら拠点となる別荘を持ってるわよね!場所教えなさい!フウロと一緒に乗り込んでやるんだから!」
張り切るカミツレにフウロが苦笑いする。この様子ならば確実に乗り込む気満々だ。
『残念、別荘は先日売ってきたわ』
「あら?こっちへ一時的に帰ってきたって事じゃなく?」
『うん、やり残した事全部終わらせようと思って』
細められた目。
三日月型に描かれた唇。
ゆっくり、ゆっくりとまた笑みを零した名無しに、フウロは目に見えない寒気を感じ取る。同時に息を飲み込む緊張感に襲われる。
何故だろうか?
名無しと呼ばれた彼女からは、正気らしいものを感じられない。
フウロは、目の前に居る名無しを恐怖の対象としてしか見れなかった。
了
140115
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