長編置き場 | ナノ




ノボリお兄ちゃん。

私をそう呼ぶ存在はこの世界にたった一つしか存在しない。

ノボリお兄ちゃん。

兄と言う響きはとても心地よいもので、当時幼い私には小さな優越感に浸っておりました。
しかし、その感情はその瞬間までの話し。
呼ばれた事に体が無意識に反応、私は振り返った後それを視界に捉えた瞬間幻滅するのです。


『あ、あの』

「…………」

私を兄と呼ぶ存在はこの世に一人。

名無しと言う名の妹否愚妹でした。

私達の両親は俗に言うベテラントレーナー。それは祖父母も同じで過去にジムリーダを任せられた事もある位の実力者。私達一家はポケモンバトルに関わる人間ばかり。
その中で生まれたのが私達兄妹。

私と双子の弟は両親の血を濃く引いた為かポケモンバトルの成績は優秀。クダリと1位2位を争うなんていつもの事。両親もそれが当たり前だと思っていた為、私達の中では息をするに値するものです。
だが、彼女は違いました。

『ノボリお兄ちゃん、あ、あのね、私、今日のバトルテストで、学年10位以内に………』

「………………」


止まっていた足を再び動かす。
傍らを浮遊していたシャンデラが少し驚くも、私の顔を覗き込みながら後を追いかける。
『え…あ、あの』と後ろからあがる声なんて無視で御座います。私は明日の飛び級試験に向けて最後の練習問題を解かなければなりません。

だと言うのに、鈍感な愚妹は私の後を追いかけては、ひたすら名を呼びます。
無視を決め込むも悲痛めいた感情をわざわざ込めるものだから、私の良心を酷く刺激してくる。
勿論苛つきます。

振り返ってやれば私が反応してくれたのが嬉しいのか、愚妹は花を咲かせる。
その雰囲気に私は再び苛つく。


『ノボリお兄ちゃん、わたし、ね、テストで、わからない所が、あって、それで聞きたくてね』

「それくらい自分で調べなさい」

『あ、の…調べたけど、わかんなくて……』


おどおどし相変わらず私達の顔を伺ってくるこの存在が酷く鬱陶しい。

妹の年齢で学ぶ内容は勿論私でも解けます。しかし、その問題が酷く簡単であり、それすらも解けないのだと思うと情けなく同時にこれが本当に私の血縁関係者なのかと疑いたくなる。

いえ、思いたくないのです。
こんな出来の悪い塊が妹なわけない。
お母様のように品があり綺麗な訳でも無ければ、お父様のようにたくましい訳でもない。

いつもオロオロして、目の下にうっすら隈を作る。ポケモンバトルを終えた後のように髪の毛はボロボロ。整えようとする気配がない。

何より許せないのが、これがヘマをすれば私達兄弟一緒に見られてしまう。
私とクダリはお父様とお母様の子であると同時に、両親の顔に泥を塗るような事を全力で避けています。2人が誇れるような立派な存在になるとーー。

だが、しかし、この愚妹は…!!


「名無し」

『はいっ!ノボリお兄ちゃん!』

「私に近づかないでください」

『………あっ、あのね!今日が、最後でっ…明日から我慢す』

「この恥じさしが!言っている意味がわからないのですか?!」
手をあげる。
卵から孵った瞬間から、私と共に居るポケモンシャンデラが鳴いた。
シャンデラがくるりと回転すれば、空中に赤黒い塊が生まれる。それは熱を帯び近くに居る私にも僅かに飛び火する。
シャンデラがれんごくを放つ。

刹那、名無しのボールが勝手に開く。光の粒子を振り払い現れたのは小さな塊。青い炎を灯し勢いよく鳴くものの、力の差は歴然。
石を蹴飛ばすようにその体は宙を舞った。


『ヒトモシ!』

壁に叩きつけられるヒトモシへと駆け寄る名無しの背中。大粒の涙を流しながら色違いのヒトモシを抱き上げる。

私とクダリそしてこの愚妹はヒトモシを持っている。お祖父様から頂いた卵の中3つから選び、最後に残った名無しの卵はどうやら色違いだったらしい。
しかし、色が違うだけで能力値は低くまるで名無しの為に生まれてきたかのよいにも見え、素晴らしく滑稽でお似合いでもありました。

慌てて傷薬を取り出す様子に私は苛つく。


「名無し、私に近づかないでくださいまし」

『っ、グス、ノボリお兄ちゃ、ん!』


「勿論クダリにもお父様、お母様、お祖父様にお婆様にもです」

「我々一族の中でバトルが出来ない人間なんて」



他人と同等です。

私はそう言い切ってはその場からゆっくり離れた。
そう、名無しに対する態度はいつもこの様なものばかり。
優しさなんて微塵もございません。
バトルに弱く情けなく弱虫で泣き虫で、はっきりと言わない他人の顔色ばかり伺う愚妹。
私は他人の様に寧ろ人間以下の如く接しておりました。

いま思うと、なんと愚かな行為だと自分を攻める。
両親の期待にこたえるように私とクダリは頑張ってきた、だのに名無しはそれに答える様な結果を残さず、寧ろ我々一家に泥を塗るような成績にバトルばかり。
苛立っていたのでしょう。

思い返せば名無しは名無しなりに一生懸命でした。深夜遅くまで勉強漬けでお風呂に入るのも我慢する程バトルの繰り返し。
しかし、私達は結果しか見なかった。
なかなか良い成績を出せない名無しを嫌い、酷い仕打ちをしてきたのです。
視界に映れば罵倒を浴びせ、近寄るならばポケモンを使い振り払う。
家族もそれを止める事はありません。
日に日に傷を増やしていく名無しを気にとめる存在なんて居なかったでしょう。お母様の言いつけでお手伝い様方が、名無しに手を貸す事を禁じたのも知っております。
同情心から名無しに余計な知恵を吹き込む事を避けたかったのでしょうきっと。そうしているうちに名無しの居場所はこの邸の中から一つ一つ消えてゆき、最後には名無しと言う存在はこの場所から消えておりました。

ポケモンバトルの武者修行をさせる為、遠い地方のポケモンスクールへと編入させたと聞きます。
しかし、私達が成長し、それが嘘だったと知る出来事がありました。

お祖父様が亡くなり今や使われる事のなくなった執務室で、私達はそれを発見。

名無し 養子

**年**月**日
里親に引き取られるも、数週間後行方不明に。消息不明リストへ登録。


簡単に綴られた文字。最後に見た時と変わらないうっすら隈が浮かぶ幼い顔。

私達の妹、名無しでした。

名無しはこの一家から捨てられたのです。

そこで初めて、私は自身の愚かさに気付きました。
世界にたった一人の妹を失って気付いたのです。
私はなんて事を……と。

名無しと離れて早数年彼女も彼女なりに努力と願いが稔れば、この邸に戻ってくるのだと思って居たのです。その時はきっと、お母様もお父様もこの一家にやっと相応しくなった名無しを迎えるのだろうと。私達兄弟よりは衰えるかも知れないが、両親が誇れる位の娘が帰ってくれば勿論私達だってーー!

違う、私は…名無しにまだ謝っていないのです。
酷く接してしまい申し訳ないと、強くなった名無しにおかえりを言ってやりたくてそれでーー、



「ノボリ、名無しが」


帰ってきたよ。


私と同様、過去に犯した罪悪感が蘇るらしい。
ライブキャスター越しに映る私に瓜二つの男に覇気はなかった。

心臓を掴まれたような感覚。生命活動に必要な体内の動き、流れ全てを止めるかのように感じました。

足元から何かが崩れそうな感覚に酔う。喉の奥底でこみ上げる酸味を耐え、私は直ぐに帰りますと通話を切った。

過去に妹を虐げてきた兄、それは過ちだったと後悔する姿しか其処にはない。
同時に、感動の再会を果たすであろう妹に、何故か私は恐怖する。

なぜそれを抱くのか分からない。

何十年ぶりの再会の筈だ。
行方不明だと思っていた妹が、実は生きていたなんてお涙頂戴と言っているようなもの。

しかし……
私は予想の出来ない、女性となった実の妹に恐怖心を抱く。
震える思いをしまい込み、邸へと帰宅する。


足取りは重い。




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