長編置き場 | ナノ




今日もあわただしい1日が無事に終わった。カバンがいつもより軽く感じるのは、書類と言える仕事を全て終えた為だから。家に仕事を持ち込むこと無く、1日が終わるなんてスッゴい嬉しい。
まぁ、明日には別の書類が僕のデスクに山積みとなるのだろうが、今日は書類一枚もない。
家に帰ったらポケモン達といっぱいぎゅうぎゅうしてから、シャワーを浴びよう。この時間帯だ。
ちょっとだけゆっくり眠れる幸せを思えば、僕の口元はいつもよりつりあがる。

シンプルな鉄格子を抜け、見慣れた扉を開けて見れば今朝と変わらない邸が僕の視界をうめる。

だけど、ちょっとだけ違和感。

いつもなら、僕を出迎えてくれるお手伝いさん達の姿が無い。チラチーノを傍らに数人のお手伝いさん達。おかえりなさいませクダリ様って彼女達がお辞儀をする。そんなお手伝いさんにただいまと手を振って…ってのが日常なのに。

誰一人、其処には居なかった。

まだお手伝いさんが帰宅する時間じゃない。寧ろ、僕とポケモン達の夕食を作って、お風呂の準備もしなくちゃいけない。
邸の戸締まりと電気を消してから、彼女達は帰宅する。
今この時間に居ない筈はない。

もしかして、なにかあったの?

ちょっとだけ怖くなった僕はボールからデンチュラを出す。つぶらな瞳は僕を映してはすぐさま肩へとよじ登る。

お手伝いさんどこにいったのかな?リビング?

カバンをそこら辺りに投げた僕は、リビングへと向かう。
と、慌ただしく扉を開けて現れた存在に僕は安堵した。


「あれ?お手伝いさん発見!」

「クダリ様!」


シンプルなデザインのエプロン。髪をひとまとめにしたお手伝いさんが現れた。

「なんだやっぱり居た!どうしたの?いつもならお出迎えしてくれるのに?」

「大変申し訳ありませんっ、あの、いまちょっとトラブルが…」

「トラブル?」

「クダリ様!」


反対側からパタパタ走ってきたのはお手伝いさんの中の長。昔からこの邸で住み込みで働いている年長者。
彼女は僕の姿を確実にとらえると、お疲れの所申し訳ありませんが、と息をきらしながらリビングの扉を開ける。

「クダリ様、名無しお嬢様がお帰りになりました!」

「…………え?」

「いま、私達でお休みになるお部屋を準備して居りますが、今の時間帯では人手が足りず少しお時間を頂いており……」

僕は走った。
後ろでは僕の名前を呼ぶお手伝いさんの声がする。でもごめんね。君たちの話しは後。

肩に乗っていたデンチュラが落ちまいとしがみつくが、今は気にしてられない。
お手伝いさんが開けた扉を潜り、ちょっとだけ長い廊下を行儀悪く走る。
ビュンビュンと風を切る音にいつもの僕ならば楽しんでいるだろうが、今はそんな場合ではない。

名無しが

帰ってきた

僕たちの妹であり、今や唯一の家族。

ポケモンバトルが苦手だった名無しを、僕たちの両親は武者修行させる為にジョウト地方へと送ったと聞く。
最後に言葉を交わしたのは二十年とちょっと前。なに一つ音沙汰がなかった彼女が、この邸に…!

スッゴい胸がドキドキした。指が熱く、頭の中が何を話そうかといっぱいになり混乱する。

一つ下の妹。離れて暮らし数十年。妹は一体どんな女性へと成長したのだろうか?
イッシュに戻ってきたと言う事ならば、ポケモンバトル強くなって帰ってきたのかな?と言う事はジョウト地方のポケモンがパートナーだよね?ジョウトのすぐ近くにはカンリー地方、名無しピカチュウ持ってないかな?持っていたら実物を触って撫でてデンチュラと一緒に遊びたい。
名無しとお話いっぱいしたいな!今までどう過ごしきたのか?向こうの地方はどうなのか?美味しい食べ物ある?ジョウトのポケモントレーナーって強い?

沢山沢山、聞きたいこと、話したいことそして知りたい事がある。

でもでも!その前に!

僕とポケモンバトルをー!

ポケモンバトル。
その単語が脳裏をよぎった瞬間、僕の体は機械のように止まった。
リビングの扉の前。ドアノブに手を付けたまま、僕はハタリと過去を思い出す。

名無しと言う少女。
僕とノボリの妹で、いつも僕たちの後ばかり追いかけてきた小さな影。
両親から貰った3人お揃いのヒトモシを抱いて、ノボリお兄ちゃん、クダリお兄ちゃんと名前を呼ぶ。

そう、僕たちの名前を呼んでいた名無し。
だけど、その声には子供ならではのハリや明るさなんて無かった。キラキラと輝いているはずの瞳には色はなく、僕たちに声をかけるその眼差しは顔を伺うかのよう。
あれ、ちょっと待って、ねえ、待って。

名無しを思い出す度に湧き出す記憶の塊。どれを見ても、其処に名無しの笑顔がない事に気付き、僕の顔色はゆっくりと青白いものへとなりかわる。


「は………っ名無し…」

『呼びましたか?』

金縛り。
びくりと飛び跳ねたのは心臓。
同時にバクバクと早まる鼓動と全身からふきだす汗に、思考が追いつかない。
体が動かないまま、僕は言葉を放つ。


「り、…リビングに、い、ると思ってた」

『お手洗いの為、席を離れていただけです』

「そっ、か」


落ち着け。
大丈夫。

名無しはこの邸に帰ってきただけだ。
ジョウトでの武者修行が終わり、実家に帰ってきただけだろう?
なに余計な事を考えている?

僕たちは家族で、名無しは僕の妹だ。

それ以上で以外な感情を思い、震える必要なんてないんだ。

僕は震える指先を隠す様にゆっくりと振り向く。
長い長い廊下の向こう側。

そこ中にポツリと存在する影に、僕の脳内は彼女が名無しだとすぐさま理解する。


「おか、えり。名無し」


武者修行だと聞いていた。だからバトルメインのポケモントレーナーと思える格好をしているかと思えば、そうでは無かった。

ちょっとよれよれな裾は黒く汚れており、袖と思わしきそれは関節まで捲られる。僕とノボリとお揃いな瞳には、昔と変わらず光は宿って居らず、不健康なまでに青白い肌の目元。其処にはメイクではないかと思う程の濃いクマが刻み込まれている。所々汚れている白衣を気にすることなく、中に着る黒いワイシャツが揺れた。


『お邪魔しています』






クダリ兄さん















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