謳えない鹿 | ナノ



授業を終える鐘が鳴り響いてから数刻程経った学園内の廊下。
実習から戻ってきたい組の生徒達は、疲れきった表情で教室へと戻ってゆく。制服についた泥を払い落とした彼らは、口々にはやく着替えたい、風呂に入りたいなどを零す。
急遽座学の授業から変わった郊外実習。内容は予想していたものよりも濃く、授業を終えた今になって疲労がどっと押し寄せる。私の隣をあるく勘右衛門も疲れているのか、グッと腕を組んでは背伸びをする。
顔にも土がついているらしく、左目尻の所、ついてる。と教えれば、そっちもついてるよ。と教えてくれた。
今日の授業はこれが最後で、とりあえず使った忍具などを教室に戻して来なければならない。


私と勘右衛門は今日の夕食は何だろうな?と言葉を交わし、は組の前を通り過ぎた時だった。


酷くざわめく声に私達はつい足を止めてしまい、何だろう?と共には組の教室内を覗いた瞬間にピシャリと固まった。

は組の連中に囲まれる形で正座する一人の生徒の姿。

初めはそれが一体だれなのか分からなかったものの、隣にいた勘右衛門がええ?!と驚きの声を上げる。

勿論私だって驚いている。実際に私は目の前の光景に唖然とし、言葉が出て来ない。


「あれ?ど……どうなって居るんだ?!」


向こうと私と忙しそうに視線を向ける勘右衛門。そんな勘右衛門に私が聞きたい。と返すしか無かった。













「さぁて、何で亮の私物を盗んだのか、理由を聞かせてもらおうかな?」






は組が囲むその中心に正座するのはい組の彼。彼は額に汗を掻きながら視線を宙へと向けるが、その先にはは組の彼がいる為にさまよっていた視線は手元へと戻されてしまう。
そんな彼を見下ろすのは号令を出したは組の彼本人と、亮の2人だった。

しかし、は組の彼に問われた彼、兵助は何も言わずただじっと座っているだけ。

伏せられた視線の先には自身が握りしめる両手のみ。制服に忍ばせて置いた忍具も一通り取り上げられた兵助は、手を出す事が出来ない。
しかし、先ほどから一向に口を割ろうとしない彼に、は組の皆の痺れがきている事にはきっと気が付いてはいないのだろう。


「兵助!答えろ!」


この言葉を言うのももはや数十回目、しかし、沈黙をしばし守っていた兵助がそれに対して言う言葉は決まって「話す必要ないだろ」である。

その度に彼の怒りに火が灯り、兵助をつかみかかろうとする瞬間には組一同で止めにはいり制する。

こんな事を先ほどからずっと繰り返している。
流石に疲れてきた。
だが、だからと言って正座する兵助を見逃す訳にはいかない。
彼は亮の私物全てを盗んだ犯人なのである。そんな彼を理由も聞かずに離す訳にはいかない。しかし彼は答えない。
ああ、だれでも良いから、これより新たな一歩を踏み出させてくれ。そんなことをは組の誰かが願っていたに違いない。





「お?お前ら何して居るんだ?」




第三者による言葉は、は組の扉前に立っていた2人へとかけられた。
その内の1人はすぐさま後ろへと振り返れば、郊外実習お疲れさん。と笑う竹谷に勘右衛門が驚いた。


「八!?お前何で土まみれなんだよ!」

「え、ああ…それがさ……その」


あはは。と笑う八左ヱ門に勘右衛門は笑い事じゃないだろ?と言うしかない。ろ組は確か授業が無かった筈だ。あの雷蔵が言っていたのだから間違いはないだろうし、きっと嘘でもない。しかし、まるでい組同様に郊外実習にでも出掛け、その帰りだと思われる位に八左ヱ門は土まみれであるのだ。
彼は悪い悪いと、扉前で制服を軽く叩けば土は舞うわ舞うわで、勘右衛門に無理やり止められる。
すると、そんな勘右衛門の隣でまるで石の様に固まる人物に気が付き、おーい、と呼んだ時である。
八左ヱ門の脇を一人の生徒がパタパタと横切り、それを追う形でもう一人がすれ違う。彼は失礼します。と、扉前にいる三人にかけてからは組内へと入り込めば、勘右衛門は更なる声を上げたのだった。



「っ?!うぇぇ?!亮君が2人ぃぃ?!」



自身達の隣を横切った彼は特徴ある薄桜色をもつ。しかし、正座する兵助を見下ろすのもまた亮であり、勘右衛門はただただ混乱するしか無かった。
しかし、は組教室内へと戻ってきた亮に既にいた亮がにこりと笑いかけた瞬間に、とある友人が浮かべる特徴的な笑みである事に勘右衛門はハッと息を飲んだ。


「どうだ亮?お前にそっくりだろ?」


くるりと回る亮に、室内へとやって来た亮は小さく微笑み言葉を紡ぐ。



『そうですね。背丈と髪の色をもっと薄くすればきっと先生方も気付かれる事はないでしょう』

「おやおや、亮は手厳しい」

『鉢屋さんの使っているそのカツラ、流石に色が濃いですよ』

「仕方ないだろう?これしか用意ができなかったのだら」


2人がのんびり話す一方で、は組の彼がずっと兵助にと問い続ける。端から見れば酷く異様な光景である。
今の現実にさっぱりでついていけない勘右衛門は疑問符を浮かべる事しか出来ない。そんな彼へと八左ヱ門が説明するよ!と肩を叩いたのだった。



「あそこで、正座している兵助が亮の私物を盗んだ犯人なんだよ」

「はい?」

「ほら、三郎の奴試したい事があるって言っていただろ?」



そう言われてみれば………。勘右衛門は小さく呟き先日のやりとりを思い出した







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