謳えない鹿 | ナノ



床へと映し出されるのは襖の影。
日差しは高く、室内へと差し込まれる光は更に暖かなものへと変わる時間帯である。
空を泳ぐ鳥の声と共に、パタパタと羽音が聞こえてくる位に、周囲は静まり返っている。

そんな室内へと差し込む新たな影。影は人の形を作り出した。静かにその場に留まるだけである。しかし、空を羽ばたく鳥が飛び去り、更に周囲が静粛へと包まれた時を図っていたのか、戸は音を立てる事なく静かに開かれる。

………ト。


小さく立ってしまった僅かな音に、その人物はびくりと肩を揺らした。
同時に室内へと視線をくまなく這わせ、耳を済ませど人の気配と言ったものは感じられない。

それに安心したのか。
その人物は胸をなで下ろした。

そして、忍び足で更に部屋の奥へと突き進んだその人物は、口元を静かに歪めひくりと小さく笑ったのだった。

靡くのは艶やかな色を帯びた、長い髪。





* * *





逃げ出していた生物委員会の狼達。
それを捕まえるのにかなりの労力を費やした。狼達の捕獲に当たったのもたった俺1人だけで、手伝ってくれる奴はいない。
せっかく授業が無くなって、少しはのんびりと出来るかも知れないと思ったのがいけなかったのかも知れない。
なんて思いながら俺は五年生の教室前を通る。今日は珍しくいろは組の全てが不在らしく、がらりと広がる空いた教室は静かでいて人が1人もいない昼間の五年の教室なんて珍しいものだと思った。

俺達ろ組は授業が無くなった事により、教室にいた奴らは自室へと戻ったのだろう。
ギシリギシリと足元で鳴る痛んだ床の音を聞きながら、とりあえず俺は三郎の部屋へと戻る事にする。


「(そう言えば三郎の奴、亮のあれどこに隠したんだろうな)」


確かあの時は最後に部屋へと戻り、なにやらガサガサやっていたみたいだ。


「(多分、部屋のどこかに隠したんだろうな)」



俺は、その在処を知らないが。しかし、三郎が用事を済ませる迄は部屋には居た方が良いだろう。

教室の前を横を通り過ぎた時、ふとした気配が俺の何かに触れた。
進んでいた足は自然と止まり、俺は気配のした方へと視線をはわせる。

カサリ。

控えめに立てられた音の先にいたのは、1人の生徒の後ろ姿。

五年生の制服を着ている為、教室に荷物でも忘れたのだろうと思った矢先だった。そいつはいきなり開けられていた窓へと身を乗り出し、窓口に足をかける背中があった。

「!」


何やってるんだ!そう言葉をかけようとした。
だけど、そいつは俺が言葉を発する寸前で窓の外へと飛び出してしまった。
俺はすぐさま教室へと入り込み、そいつが出て行った窓に手を付いた。
身を乗り出す形で俺は窓の外へと視線を向ける。


「あいつは……」


近くの木々を伝い丁度地上へと着地した姿を、俺は教室の中から捉える事ができた。
俺の瞳に写りだしていたそいつ。そいつは俺に狼達が逃げ出した事を教えてくれた、は組の滝沢だった。
滝沢は長い髪の毛を揺らしながら渡り廊下の方へと走り去る。


「(あいつ、何遣ってるんだよ?)」


確か、今のは組は校庭で再び組み手の授業中の筈だ。もしかして、あいつも兵助みたいに何かを忘れたのだろうか?
とりあえず、このまま他のクラスに居る訳に行かない俺は教室から出る。
出る間際にどこの教室だろうかと立て札をよく見れば、何と自分の教室だった事に俺は驚いた。

あれ?ちょっと待てよ?


何で、は組のあいつがろ組に居たんだ?






ろ組から出て行った滝沢。
授業を終える鐘はまだ鳴ってはいない。
気配を断ち切っていたその雰囲気。







何かが可笑しく俺は自身の教室から走り出し、三郎の部屋へと向かった。
まだ他の学年では授業が行われている為、騒がしく走る訳に行かない俺は足音を最小限に押し殺しながら行く。
トントンと進んでは先ほどは組の滝沢が走り去って行った渡り廊下を、自身も同様に走る。

渡り廊下を渡った先の二手の道。食堂と長屋へと分かれる道であるそれを、俺は長屋行きへと走りつづける。
校舎に比べ人の気配が少なくなり、所々で感じられるのは授業が無くなって自室へと戻ったろ組の奴らだろう。

しかし俺は自室を通り過ぎる。
三郎の部屋はもう目の前だ。ラストをかける様に足の指先へと力を込めた瞬間だった。


「無い!」


スパン!
と、慌ただしく開かれた襖の先から現れたその存在に、俺は驚きつい転びそうになる。


「三郎?!」


へやから廊下にと現れたのは友人である三郎。確か三郎は雷蔵の手伝いで出て行った筈なのだが…。すると、俺の存在に気が付いたらしく三郎が慌てて俺の名前を呼んだ。


「八、大変だ!亮の物が……」



三郎のその言葉で、俺の中の何かが確信へと変わる瞬間がした。





は組のあいつだ。





俺はすぐさまあいつが居た方向へと翻せば、後ろで三郎がまた俺の名前を呼んだ。



「八、お前何処に?!」




滅多に動じないあの三郎の雰囲気からして、本当に亮のあれが無くなったのだろう。
俺は走りながら、後ろへと振り向いた。







「三郎!アイツが犯人だ!」

「アイツ?」

「は組の滝沢だよ!!」









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