謳えない鹿 | ナノ







授業を終える鐘がなった。
同時にざわざわと賑わいを帯びるのはどこの教室でも同じ事。
さて、次なる授業の鐘が鳴る前にと静かに腰を上げれば、隣の彼に一緒に行こうぜ!と声をかけらる。彼ははい。といつもの様に笑みを浮かべては持っていたものをしまい込んだ。同時に、そのクラスのムードメーカーである彼が行くぞ!と意気込んでは腕を掴む。


『えっ?!あ!ちょっと!!』


ぐんと引っ張られた彼はもつれる足をなんとか整え、彼の後を追う様に共に走り出す。
同時に廊下をバタバタ走るその様子は、まるで下級生の様である。そんなほのぼのとした事が出来るのはい組でもろ組でも無い。五年は組別名、ほんわかは組ご一行様。

実技や演習そして実践を苦手とするそのクラスは、五年生には不釣り合いとしか思えないくらいのほのぼのっぷりである。しかし、そのほのぼのにより唯一、上級生の中のオアシスだ!と、とある一部の生徒達は言う。

は組によく使われる言葉は、阿呆のは組。しかし、それすらを上回る彼等のクラスは呆れるを通り越してもはや何も言わないである。

さて、そんなは組がバタバタと廊下を走り、先生に注意を受けながら廊下を行く姿を眺めたのは一人の生徒。
頬杖をつきながら彼は眺めていた。すると、隣の席に座る彼がそれに気が付き、何を見てるんだ?と同じ方向へと身を乗り出せばああ。と、つい口元が緩んでしまった。


「は組だね」

「相変わらずほのぼのしてるなって、思ってさ」


五年は組を見つめるその視線は、下級生のものと似ている。
一応、同年代だと言うのにも関わらず、は組の行動や会話などは上級生そのものだが、クラス全体を包み込む雰囲気が下級生と同じものを何故か纏っている為にそう見えるのだろう。

扉の前を丁度通り過ぎて行く亮の姿が彼の瞳に映り込んだ。

今の亮は竹谷の制服を着用中である。
本来、亮の寸法に合わせていた制服は演習により洗濯中、そして予備として部屋に置いていた物は盗まれている。
まだ、亮がこの学園に編入してからは日が浅い為、本来ならば2、3着ある筈の予備を亮は持っていない。
普通の五年生ならばそれらは直ぐに用意できるものの、亮は他の五年生に比べ背丈が異なる。
亮の身長に合わせた制服を用意するのに、時間がかかると言う訳だ。故に背丈が一番違い竹谷から借りるしか無かった。

しかし、それでもどうやら竹谷から借りた制服は小さいのか、裾丈がどこか可笑しい。
それに、元々華奢な体つきなのか、体のラインが少しだけはっきりと目に見える。
だが、周りはそれに気づいている様子はなく平然としといるあたり、亮の存在がこの学年に溶け込んできたと言う証拠なのだろう。

その為か日に日に亮の目立つ桜色と言う頭髪に慣れてきたのか、視線で追う生徒は無くなった。それでも未だに五年生の中に混じる桜色は映える所がある。

亮の私物紛失事件。それは未だに一部の五年生の間だけで留まっている。そのおかげか、教室内には可笑しなざわめきといった物は感じられない。

未だに見つからない亮の私物。
一体何故がなんの為にどの様な目的で取ったのかがはっきりとしない今、変に騒ぎ立てる事は避ける様になっている。しかし、は組へと用がある生徒が向かえば、その度に妙に睨み付けてくるは組の皆に、騒動をしらない者にしてみれば冷や汗をかくものでしか無い。

早く見つかって欲しいものだ。
出ないとまた彼等が犯人だと思われてしまう。

ふと、片割れが気が付いた。あれ?と小さく呟いた彼は座っていた今の体制から立ち上がり、扉へと向かって行く。



「どうした?兵助」


あとを追う形で尾浜も立ち上がる。
そして、扉から身を乗り出す兵助の真似をする尾浜。そんな彼等二人の目に映り込んだのはバタバタと走り去るは組の後ろ姿だった。

しかし、尾浜もその後ろ姿を見た瞬間に違和感がある事に気が付いた。


「あれ……何か可笑しくないか?」

「やっぱり?」

走り去っていくは組の中で、一番目を引くその存在の違和感。
初めそれが何なのか?はっきりとしない。ジッと小さくなっていく背中を眺めた所で、はたりと2人は気が付いた。


「あれがない……よな?」

「ああ、あれが無いな」


いつも亮が肌身離さず背中に掛けていた包み。一体それが何なのか知らない2人にして見れば、「あれ」としか言いようが無いがそれで伝わるのならば問題は無い。

そんな2人の会話に気が付く事無く、去っていったは組。
廊下に出た2人はどうしたんだろう。と言葉を交わしていた所へと一人の人物がやってきた。


「亮君のあれなら、僕の部屋に置いてるよ」

「雷蔵!」



亮とは異なる穏やかな笑みを浮かべて現れたのは、ろ組の雷蔵。
彼は手にいくつかの本を持っている当たりからして、委員会か何かからの帰りなのだろう。


「あれ?ろ組の授業は?」

「今日のろ組は授業無いんだ。先生の出張で臨時に休みになってね」

「じゃあ、三郎と八は?」

「部屋で亮君の荷物を見張ってる」

「見張ってるって……」

「ほら、亮君の私物ってもうあれしかないみたいでさ、盗られるならもうあれしかないって…」

「それでか…」


そう言えば。と、思い出すのは雷蔵の顔を借りている彼は、どこか楽しそうな顔をしていた。詳しく話を聞こうにも彼は笑みを浮かべるだけで、詳細を教えてくれる事は無かった。ただ、亮へと耳打ちをそれに頷く桜色の彼の姿のみ。
明日には分かるさ。
とにやける顔は、借りている雷蔵のものとは思えない。


「そう言えば、い組は何をして居るんだい?」

空いている扉越しから中へと視線を向けた先には、自由に行動するい組の姿がある。しかし、3分前行動が当たり前の彼等にして見れば、そろそろ授業の開始の鐘がなると言うのにも関わらず机の上に忍たまの友を出していないのに違和感があった。


「今日は郊外演習なんだ」

「い組は座学の授業が進み過ぎてるから、臨時に郊外演習に変更なんだとさ」


確かにい組は授業の進みがどの学年よりも早いと言われている。その為、あまり進み過ぎては学年の授業のバラつきが目立ってしまう為に、今回は座学の授業ではなく郊外演習と言う形になったのだろう。


「そう言えば、は組の次の授業って何か分かるか?」

「確か、組み手だった様な」

「は組はまた組み手の授業か、相変わらずだな」


まぁ、座学ならともかく、実技を苦手とするは組だけまた組み手の授業だと言われてしまえば、どこか納得する所があるかもしれない。


遠くで鐘が鳴り響いた音が3人の耳へと入り込む。
同時に、廊下に出ていた五年生達はそそくさと教室へと戻って行く姿が見られる。



「それじゃ、僕は……」

「ああ、それじゃあまた」



雷蔵は持っている本を抱え直しその場を後にし、尾浜と兵助は郊外演習に向かう準備をする為、教室へ戻ってゆく。





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