謳えない鹿 | ナノ



突如として悲鳴を上げた頬の傷に、つい小さな悪態をついてやる。すると向かいの席に腰掛けている小平太がこちらへと視線を向けてきたのが分った。

「何だ、まだ痛むのか」

留三郎は軟弱だな!と口に含んでいた飯を飛ばしながら言うもんだからきれそうになった俺は、箸を置き殴ってやろうかとした瞬間「いて!」と隣にいた長次に小突かれ不満の声を上げる。
ナイスだ。長次。

「なにすんだよ長次」

「・・・・」

「え?なんだよ、留三郎!お前まだ実習の傷治ってないのか?」

「一日、二日で完治するわけないだろが!!」

「私は治ったぞ!」

エッヘンと胸を張るそいつに、それはお前だからだ!
といってやりたい所だったが未だに切れたままの口では上手く舌が回らず、口に含んだ飯と一緒に食道へと流されていく。同時にギシギシと痛み出す頬にも悪態を尽きたくなる。

二日前。

俺達6年生は卒業に関る試験と言う事で、裏々々山の更なる向こう側の名前すらない途中で試験が行われた。

試験内容は2人一組で組まされたランダムのペアで、渡された密書を無事集合場所へと持ってくると言う簡単なものだった。今までやってきた実技や実習の内容よりも簡単で、本当にこれで良いのかと疑いたくなる内容。
しかし、やはりそう簡単にいくものでは無かったらしい。

その時のペアはろ組の小平太と組み共に闇に紛れて、移動中に起きた部外者からの襲撃。あの時の奇襲は今でも鮮明に記憶している。

嗅覚で言えば6年の中で一番に名があがる小平太ですら、気がつきもしなかった程に相手は直に近くまで接近していた。

あの時は、相手側のミスらしく踏みつけた部分の木が老化し、途端にミシリと音が鳴り小平太が俺の名前を叫んだ。
あの瞬間にクナイを構えて正解だったと今も思う。

暗闇の中でギラリと輝く相手の忍刀と、俺が構えたクナイでは目に見える殺傷能力の差。

それに気がついた小平太が直に加勢しにくるも、どこからとも無く現れた第三者に蹴り飛ばされバキバキと音を鳴らし森の中へと消えていったのだ。


「お前、あの時めちゃくちゃ跳ばされただろうが!」

「なんだと!あれでも受身をとったんだぞ!」

と定食の味噌汁をかきこむも制服の間から覗く包帯に、久々にコイツが治療を受けざる終えない相手だったのだと認識する。

あのあと、現れたそいつが加わっての対立。俺は2対1での戦闘に成らざる終えなかった。
暗闇の中で相手がどんなやつなのか素顔なんて分らない中、2人を相手にした俺に誰か拍手を送ってくれ。

結果、隙を突かれた俺は自身が持っていた密書は奪われ、相手はそのまま姿を眩ませた。

ああ、あの時に蹴られた腹がズクリと疼きだす。

そういえば・・と俺は思い出す。

「長次は襲われなかったのか?」

すると、黙々と飯を含んでいた長次の眉がピクリと僅かに動いたのが分る。

「長次も襲われたんだってさ!」

「?・・しかし、密書はちゃんと持っていただろう?」

集合地点にはボロボロに成りながらも、其の手にしっかりと握られていた。そんな記憶が有る。確かあの時の長次のペアは・・・

「あれね、相手に一杯食わされた後なんだよ」

聞き覚えのあるその声は同じは組のクラスメート、伊作。

伊作は断りを入れてから空いている席へと腰掛けては、小さく苦笑を零した。

「は?伊作はあの野郎と一緒だろう?」

「うん。だけど私達も襲われてね」

「でも、お前達もちゃんと持って来ていあたろう?」

「あれ、君達ペアの密書だったんだよ」







話が見えない。

なぜ、奪われた俺達の密書が伊作たちの手に渡ったのか。

伊作の話では奇襲に遭った伊作とあの野郎、文次郎の2人は密書を奪い返す為に後を追った所、仙蔵と長次の2人が密書を奪われた場面に遭遇したらしい。その後は、四人で組んでの密書奪還戦が起きた。

2人から密書を奪った相手は一人で4対1と言うこちらには分が有ったが、茂みの中から加わったもう一人の存在によりまさかの4対2で返り打ち。

そこで相手の隙を突いた仙蔵の焙烙火矢で、其の場に大きな爆発を起こした。相手は隙を突かれたのか、爆風により密書を手放したらしい。
その瞬間を見逃さなかった伊作と長次がすぐさま駆け寄り、転がる2つの密書を拾い上げては煙幕と目を刺激する成分が含まれている爆薬を投げ、急いで其の場から離脱。

「私達が拾ったのは小平太と留三郎つまり君達ペアの密書、それで仙蔵達が拾ったのが私達の物」

伊作がそこまで話せば大方その内容が理解できる。
ランダムと言っても初めから組む相手は決まっていたのだろう。

密書の中には既に組むであろう二人の名前が書かれており、それをちゃんと持って帰るという事。そう「無事」に。其れは密書の中身が摩り替えられないようにと言う意味だ。

つまり、いくら奇襲を掛けてきたあいつから密書を奪い取っても、その中身が俺達ペアの名前でなくては意味がないと言う試験。

最後にお茶を啜り、軽く一息つけば同時に零れたのはなんとも情けないため息。

「よりによって卒業に関る試験だってのによ」

「そうでもなかったらしい」

「!、仙蔵」

ヤレヤレとため息を付いては長次の隣に腰掛けたのはい組の立花。

滅多に怪我などしない。
優秀で冷静沈着なコイツの首や手の甲に、ガーゼが当てられているのは小平太に続いてかなり珍しい。

「どうやら、試験ってわけでもないと言う話だ」

「ん?何言ってんだ?」

首を傾げては伊作の漬物を摘む小平太、それに抗議する伊作の声。
だが、当の本人は其れを聞いていないらしく、パリパリと音を鳴らす。

「他校の忍たまの卒業試験が同時に行われていたらしい」

「他校の忍たま?何処の学園だ?」

「さぁな。だが人数が少ない事から廃校になるとしか聞いていない」

勿論、それが本当の話かは分らない物の、確実に言えるのは彼等の卒業試験に我等6年生が相手だったのだと言う事は確か。
しかし、それでも話をする仙蔵の顔付きは何処か荒れており、明らかにイライラしているのだと分る。

「あの狐め・・」

「仙蔵顔見たの?!」

「目元だけを隠した変わった狐狸の面をつけていた」

あんな暗闇の中で、俺は姿を捉えるだけで精一杯だったと言うのに、コイツはその顔をちゃんと瞳に捉えていた事に、流石だと抱く。

「………挑発していた」

「え!!」

長次が小さく呟けば、それに続く様に仙蔵がああ、と零す。

「相手は2人、その内の一人が言っていたんだ」














【「なんだ?寝起きか?」】と










流石にプライドの高い仙蔵がこうもボロボロにされ、尚且つそういわれてしまえば怒るなと言う方が無理に近い。
こうやって話を聞いただけでもその二人の実力は高めなのだといやに実感する。




しんと静まる中、遠くで下級生の賑わう声が嫌に響き渡った。









100321

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