謳えない鹿 | ナノ






つい先ほど迄朝だと思っていたものがふと空を見上げれば、サンサンと暖かな光を降り注いでいた筈の太陽が山の向こうへと顔の半分を沈めている頃合いだった。

あちこちでは五年生を捕まえた六年生の声が挙がると同時に、出て来い!と躍起になる同級生達の存在は彼、文次郎を焦りへと追い込んでいた。
初めはなかなか上手く見つける事のできなかった同級生達だが、一度見つけてしまえばもはや此方のものだと言わんばかり。一つしたの五年生と実力の差がある六年生は、相手方がいくら2人であろうと捕縛する事は容易いものでしかない。

中には上手い連携プレーを見せては見つかった五年生は上手く六年生を巻いてみせれば、六年生は悔しそうな声を荒げる。
まだ、自身もそう言ったものならばあるていどの行動パターンを見いだす事は簡単だ。
しかし、自身が探しているその五年生は姿所かその気配すら微塵に感じられない。

いくら自身がその編入生にあった事がないとは言え、薄桜色の長髪に長身の背丈。これだけあればあちこちに潜む五年生の中から見つけ出すのに、それだけ苦労はしない筈だ。
が、今やそのわかりやすい特徴は全く持って意味が無い。
そう。亮と呼ばれる五年生を文次郎は未だに見つけ出す事が出来ていない。隠し部屋に通路に絡繰り仕掛けの廊下、五年生に六年生の教室長屋、屋根裏、厠。すべてと言っても良い位に探しまわったが、出てくるのは違う五年生の姿。

遭遇する度に、違う!違う!と叫ぶ彼の見幕はかなり恐ろしく、それに遭遇した五年生達は半泣き状態であるのは文次郎の視野には入らないらしい。

もしかしたら池の中か?はたまた周りの景色に擬態する隠れ身でも使って居るのか?様々な隠れそうな所を潰すが、刻々と迫り来る再試験終了時間と体力の消耗。同時に見つけられない自身の洞察力の無さに、上手く身を隠す五年生への苛立ち。

完全に息を絶っているのか、人が探しようのない場所に潜んで居るのか。もはやどこに隠れる場所がある?と文次郎は聞きたくなった。茂みや木の上、それでもやはり其処には誰も居ない。
いたとしてもそれは亮では無い他の人物。

そんな事の繰り返しをして居ては、気が狂ってしまいそうな位の疲労がドッと波寄せる。
そんな疲労を背負いながら庭先を走って捜索すれば満足げに現れた同室者の仙蔵に、文次郎は嫌な予感がした。案の定、仙蔵の手には悔しそうな顔付きの久々知の手を、拘束した縄をもち「どうした文次郎、散歩か?」なんて言われる始末。
俺は仕方ないだろ!本当に見つからないのだから!と言ってやるも、ならば不合格だな。等と笑ってグランドに向かった仙蔵の背中は、まだ記憶には新しい。

本来ならば音を絶って歩く筈の廊下へと上がった文次郎は、ガツガツと歩く。常日頃に忍者らしくを目指す彼にしてみれば酷く珍しいものだ。だが、それすらを忘れる位に今の彼を苛立っていると言う事。


「(何処に隠れている!)」


六年生である自身の目を欺き、上手く息を潜めるその存在に。

時間は待ってくれない。刻々と迫り来るのはタイムリミットと言う言葉そして、同時にちらつくのは逃げ延びた後輩と言う存在。

舌打ちをする。未だに見つけられない自身の未熟さに。



ガツガツと歩を進め廊下の曲がり角を曲がる文次郎。
すると、とある光景が彼の瞳へと映り込んだ。


「(伊作?)」

廊下の真ん中に此方へと背中を向ける友人の姿。確かあいつも再試験中だった筈、ならば何故あんな何処に立っているのか?文次郎は伊作。と名を呼べば、やはり本人だったらしく此方に振り向き手を振って来る。
彼の元へと走り寄れば、伊作の向かいには何故か事務員の小松田さんが居る。
再試験中に一体何をしているのか?

疑問を抱いた彼だが、伊作の隣にと並んだ時にやっと理解出来た。




「あ、こんにちは、潮江君」

「っ!」



呑気に挨拶をして来た小松田さんの隣、頭一つ分の位の背丈の存在が其処に立っていた。

1人の女性。とは言ってもまだ十代後半あたりなのだろうか?しかし、纏う雰囲気は艶を秘めており人を引き付ける様なものを醸し出す。
すれ違った男は必ずも振り返ってしまいそうな輝きを秘める様に。長い白髪はふんわりと風に吹かれ、綿毛の様だと思えてしまう。

すると、小松田さんの隣に立つ彼女は文次郎に気が付き、穏やかに口元を綻ばせた。


「文次郎君紹介するね。此方は桜さん。学園長先生のお客さん」

「はじめまして、桜と言います」


透明感を感じるその声は今まで聞いてきた女性のモノには全く無く、印象に残りやすい特徴的だと記憶しやすい。澄んだ声はその姿に酷く似合っており、勝手に胸がドクドクと高鳴っていく感覚がする。


「じゃあ、僕達は…」

「はい」


小松田さんと桜と名乗った彼女は文次郎の隣を通る。彼女は文次郎と伊作へと一礼しては小松田さんの後を追った。

他愛の無い会話をしながら角を曲がって行く。
その姿を最後まで見送る伊作に、文次郎はおい。と声をかければびくりとその肩が揺れ動いた。




「再試験中に何をやってるんだお前は?」

「いやその…竹谷を探してたらさ、桜さんと小松田さんが話をしているのが聞こえてね…」


あははと、困った様に笑う。お前には緊張感が無いのか?と言うもこいつに言っても意味がないのだろうと、彼は思った。


「でも、私はもう合格したよ」

「は?」

「何とか竹谷を捕まえてね」

今はグランドに居る筈。
なるほど、無事に合格した伊作は2人のいる元へと遣ってきたに違いない。すると、伊作は文次郎の顔をジッと眺めているのに気が付く。
何だ?と言えば、もしかして、まだ見付けないの?なんて言われてしまい先ほどのイライラ感が再来する。


「伊作…お前ぇ……」

「ちょ!うわそんなに怒んないでよ!」


アタフタと慌てる伊作を睨みつける。その形相はやはり同級生である伊作でさえ怯むものがある。伊作は大丈夫だよすぐに見つかるって!と言うものの、全く見つける事が出来ないから今の状態なんだよ!と言う。


「でもさ、相手は2人で一緒に行動しているみたいだから、もしかして亮と組んでる相方の子がヘマして姿を表したりとか…」

「お前じゃあるまいし」

「ひどいよ!文次郎!!」



膨れる伊作を無視し、俺はさっさと探しに行かなければならない。
が、向こう側からやってくる存在に2人は気が付いた。それは、この学園の先生であり責任者でもあった。2人は背筋を伸ばして、こんにちはと礼をすれば相手はにこりと笑いおお、六年の2人かと言う。


「学園長先生が何故此方に?」

「ああ、小松田君に用があったのじゃが…」

と、言うも、今日の事を忘れていたのでな。夕刻過ぎにまた会うとしよう。と言った。
今日の事?と俺は疑問を抱く隣で、伊作がそう言えば学園長先生にお客様が来ていましたよ。綺麗な女性で…。
しかし、それを聞いた学園長先生はホッホッといきなり笑い出した。
勿論、それに俺達は驚くも学園長先生はそのまま楽しそうに笑ってはこう言った。


「今日の五年生は課題実習日だったの」

「え?はあ…」

「六年生から逃げ延びるのが最大の目的らしいが…」


また、ホッホッと笑う。
伊作は全く分からないと言った表情で首を傾げるが、文次郎の中では何かが組み合っていく感覚がする。
五年生の逃げ延びると言う、課題実習。2人一組で共に行動し、朝から夕刻時までの制限時間。
モヤモヤとしたそれが次々と晴れていく。


「えっと…学園長先生、今日はどちらに?」

「自分の部屋じゃ。今日は会う予定の客は来ない筈だからの」







それを聞いた途端に、何かが弾け同時にすべてが繋がった様な感覚がした。そしてそれが確信へと成り変わった瞬間に、彼文次郎はその場から走り去った。







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