謳えない鹿 | ナノ



『え………あ……あの』


五年生の中で一番背が高い亮。しかしそんな亮の両手を包む様に掴んでは、鼻同士がくっつくのではないかと思える位に彼の顔、兵助の顔が近かった。
兵助が亮に向ける眼差しはどこか熱く熱を帯びている事に気が付いたは組は、脇でギャイギャイと騒ぎ出した。






「亮、今回の件は全部俺が行った事だ」

『は……はぁ』

「勿論、お前の大切な私物を盗んだ事に対しての罪悪感はあった。
筆を盗ったら亮は勉強できないよな、本が無ければ時間を潰す事も出来ないよな、制服を失えば風呂どころか着替える事すら無理なんだろう。って……」

だけど!

亮の手を更にギュッとさせた兵助は、一歩亮へと歩み寄れば引きつりながら一歩後退する桜色。
その様子を間近でみていた三郎が気が付いた。兵助の息が荒いのが。



「でも、その度に亮が困って机下を探す様子とか、荷物あたりを探る様子とか泥まみれの制服きたままオロオロする可愛い姿が、俺の目の前をよぎっては消えよぎっては消えての繰り返しなんだ!」



流石の此にはは組内にいた生徒の声が止んだ。
それでも気にする事無く兵助は続けたのだ。




「俺がやっている事は悪い事だと理解している。だけど!この胸に巣くう灼熱の想いは止められないんだ!だけど、これ以上亮に迷惑を掛けたくないって俺の良心が胸を締め付ける

だから亮!!」


『はい?』


突如として声を荒げた兵助に、亮はつい返事をしてしまう。
その瞬間、ゴクリと生唾を飲む音が静まり返るは組へと浸透した。










「俺を一度だけお兄様と呼ん「やめろぉぉぉ!」ぐぼはぁぁぁぁ!!」


横から突かれた形で殴られた兵助は、とっさには組生徒が避難しあいた壁際へと激突。
ベシャリと何やら痛々しい音をたて、壁にたたき付かれた兵助は重力に引っ張られる様に床へと崩れ落ちたのだった。

同時に艶やかな長い黒髪の間からは、明るい茶褐色の髪の毛が顔を覗かせた。




「わわ私の顔で、変な事を言うなぁぁぁぁ!」




まさに、教室の中心で怒りを叫ぶ。である。
兵助を殴ったのはまさかの兵助。
そう、彼が正真正銘の本物である久々知兵助だった。

まさか、自身の姿で変装していたクラスメートが、変質者極まりない言葉を吐いた時には我慢の限界だったらしい。
先ほどまでは勘右衛門の隣で石の様に固まっていた本物兵助では有ったが、流石にここまでクラスメートが危険な発言をした時は自身の何かが崩れ落ちる瞬間を悟った。

自身がやっていないのにも関わらずでも、だ。


いつもは冷静沈着な彼が拳を作り、肩で息をする姿は殴られて床にへたり込む兵助よりもかなり珍しい。



「亮!」

『何ですか?久々知さん』

「私は決してこんな事は言わないからな!勘違いだけはしないでくれよ?!」


額に汗をかき亮へと向ける視線があまりにも必死すぎる。
亮は勿論、わかっていますよ。と笑えば、亮の穏やかなその雰囲気に触れたのか上がっていた息が落ち着いていく。
隣では未だに亮の変装を解かない三郎が笑い出し、扉前ではやれやれと肩をすくめる2人がいた。



とりあえず、解決かな?



は組のムードメーカーである彼が呟けば、良かったな亮!これで全部解決したぜ!と皆の笑顔で満たされていく。
すると、遠くからやってきたその存在が、勘右衛門達とは反対の扉からは組の教室にと入ってきた。


「雷蔵、遅かったな」

「まぁね、でもほら……ちゃんと見つかったよ」

和気あいあいとするは組の中心へとやってきた雷蔵が声をかければ、中にいた亮が慌ててありがとうございます。不破さん。と感謝の言葉を述べる。
そして、彼が持っていた制服。亮の背丈様に合わされた制服を受け取りふわりと笑えば、雷蔵も釣られてにこりと笑みを浮かべる。一瞬にして2人を取り囲む春の空間に、相変わらずだな。と三郎がつぶやいたときだった。



『?』

「?…………どうしたんだい?亮君」



雷蔵から受け取った自身の制服。
亮は腕の中に収めたまま、片方の手で制服を軽く掴めば小さく首を傾げる仕草に周りは疑問符を浮かべたのだった。



『………気のせいでしょうか?』

「何がだい?」

『何となく、湿っている様な………』






亮のその言葉で穏やかな空気が一瞬にしてピシャリと凍りついた。
其処で、え?と驚いた兵助が持ってきたばかりの制服を嗅いだ。スンと鼻を鳴らしたと同時に…臭い………。と呟いた。すると、飛んでいた気が戻ってきたのか、兵助の変装をしていたい組の彼がああ……。と呟いた。




「悪い亮。俺我慢出来ずに、亮の制服で一回ヌい「突撃ぃぃぃぃぃぃ!!」ギィヤアアアアアア?!!!」





再び、すぐ目の前で彼の悲鳴が上がった。ドスンドスンと積み重なっていく彼を見ながら、亮はまたもやぽかんとし目の前にいる雷蔵へと首を傾げる。
雷蔵は知らない。と言った様子に首を左右に振り、亮の両耳をいつの間にか塞いでいた兵助までも首をふる。

勿論、その傍らではもう我慢出来ないと床に膝をつけ、いつの間にか変装をといていた三郎が腹を抱えヒィヒィ笑っていた。











「なぁ、勘右衛門」

「なんだい八左ヱ門」

「は組は相変わらずだな」
「相変わらずだね」

















100626

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