謳えない鹿 | ナノ



振りかざしたおれのクナイ。しかし、まるでクナイの描く軌道を見切っていたかの様に、滝沢は鮮やかに体をずらし後ろへと一歩後退するだけで攻撃を避けた。

その動きは酷く軽やかで機敏。



「?!」



まさかかわされるとは思っていなかった俺は目を見開き、驚くしか無かった。

しかし、まぐれと言う事だってある。俺は崩れかけた体制から立ち上がり離れた滝沢へと接近しすぐさま足払いをかける。勿論滝沢はそれを飛ぶと言う方法で回避するも、相手が次にどんな行動を取るか見越していた俺はしゃがみこんだ体制のままの反動を利用する。
足を回した事により生まれる遠心力で体自身が回り、片手で一瞬だけ浮かぶ体を支える。その際に空いていたもう片方の掌で地面に散らばる砂をすくい上げ回る。体の影で見えないすくい上げた砂。俺はそれを宙を跳ぶ滝沢へと下から投げつけた。


「?!」


滝沢が驚く顔が俺の瞳に映り込んだ。


よし!


当たる!

そんな言葉が脳裏をかすめた途端である。
滝沢がニヤリと笑ったのがわかった。
滝沢は宙に浮かんでいた体制からそのまま背を沈ませる。空中で起こした滝沢の動きに馬鹿な?!と胸の中で叫んでしまった時には、足払いで払った足を滝沢に捕まれていた。そして宙から地上へと足が着いた滝沢は、両足でしっかり地へと付き掴んでいた俺の足を自身へと強引に引き寄せた。
同時にズリズリと背中が地面を擦る音が、皮膚越しに伝わって来る。



「っ!わあ?!」



ガクンと揺れた視界は早すぎて、まともなもの一つすら捉える事ができなかった。
そして、やっと視界に収まったそれは俺を見下ろす形で腰だけ屈ませた滝沢のドアップで、再び笑ったと思えば突然胸倉をつかまれた。
引き上げられてはグワンと揺れた新たな視界と共に、三半規管が狂う感覚が俺の脳を揺るがした。
そして新たな感覚、ふわりとした浮遊感が追加される。
何が起きたと脳が混乱する。同調するかの様に反転した世界がやっと俺の瞳へと映し出された。地上に生えていた木が上にあり、真っ青だった空が地上にある。

何だこれ?!

次々と揺るがす新たな世界と上下左右に揺さぶられた三半規管が言う事を聞かない。

ふわりふわりと、浮かぶ感覚がした。
しかし、次の瞬間にはドサッ!と激しい衝撃が背中全体へと走り出した。

「っでぇぇ!!」




ギシリ!背骨が悲鳴を上げたのがわかった。
同時に砂利の石粒が制服越しに背中の皮膚へと突き刺さり、痛みが更に倍増しとなり俺へと襲いかかる。
呼吸が一瞬だけ詰まり、カハリと空気が喉から空へと放たれた。

何が起きたかなんて分からなかった。
ただ、こちらから向かった筈なのに、何故か俺が地上に仰向けになっているこの状態に。
捉える世界はいまだにグワングワンとあちらこちらへと揺れ動き、はっきりとした物を映し出す事ができない。

言葉がうまく出てこない。

どうなってるんだよ?

実技が苦手なは組で学園中では有名な話しで、もしかしたら四年生よりも悪いかも知れないなんて噂がたつ位。
そんな奴が、俊敏に動きろ組の俺を負かした事に頭がついていかない。

分からない事だらけの俺に、考える余裕がない。ぐるぐると頭の中で周り続けるのはいろんな事だらけ。




「訳、分かんねーよ」

「ですよね」

「!」


逆さまの状態で視界に映り込んだのは、先ほど俺を投げ飛ばした滝沢の顔だった。
だけど、先ほどの様に楽しそうに笑う滝沢では無く、控えめに目を細め笑うそいつがそこにいた。
しかし、そこで滝沢の可笑しな点に気が付いた。
纏う雰囲気がとある人物と酷く似ている事に。
隣に立ちつい目を細めていその雰囲気に浸っていたくなる。まるで冬を終えた春の訪れを知らせる様な………





「あれ?」



瞬き一つ。
彼の視界に映し出された次なる光景。
そこにはとある人物がよくやる癖をする滝沢の姿。








* * *





唇同士がくっ付いてしまいそうな距離。
目と鼻の先にいる相手につい、ゴクリとのどが鳴ってしまう。
目の前で間近でみた事はない。いつも遠目でしかその存在を目で追った事しかない彼にしてみれば、今のこの状態は酷く官能的である。

彼は自身へと歩み寄ってきた亮の腕を掴んだその瞬間、教室の壁へと追いやり逃げまいと両手で壁に手を付いた。
タン!となった亮の後ろの壁に、びくりと肩を揺らした瞬間に彼はつい口元が緩んでしまった。

揺らぐのは亮の明るい桜色と、彼の艶やかな髪の毛。
今の2人は端から見ればまさに桃色の雰囲気を纏うものでは有るが、それは亮を壁へと追いやった相手のみが抱くものでしか無い。



『あ……ぁのっ!!』



絞り出されるかの様に紡ぐのは亮の言葉だった。しかし、更にグッと近づいてきた相手により、亮は息を詰まらせた。
その様子が可愛らしいと抱く彼は、退路を塞いでいた片方の手で亮の長い髪の毛を掬う。
下から書き上げるかの様に艶やかな仕草を秘めるその行為、しかし一方の亮はそれにびくりと再び肩を鳴らしては小さく震える。



ああ……やっぱり。




自身と同じ視線で亮へと呟く彼は、掬った明るい桜色の髪の毛を指先でクルクルと弄ぶ。絡み付く線の細い髪の毛は、さらさらと直ぐに指先から落ちていく。
それが掌にいっぱいに掬った桜の花びらの様に見えて、更に胸を締め付けた。




「………亮」


フルフルと小刻みに震える亮の前髪へと触れた時だった。

ふと、彼はあれ?と、疑問を抱いた。



「亮?」


優しく亮の名前を呼ぶ。しかし、亮は首を小さく振るだけで答えてはくれない。
何かが可笑しいと彼は気が付いた。
自身と同じ目線?明るい桜色の髪?
あれ?何か可笑しくないか?と思う彼ではあったが、突如として天井から現れたその存在に、言葉を詰まらせた。




「な?!お前ら!!」




彼はすぐさま自身の後ろへと振り向いた。
其処には組み手の授業を行っている筈のは組の生徒達が2人を見つめていた。
なんとも言えない急な展開に、彼はあたふたと慌てだす。すると、自身のすぐ目の前にいた亮が肩を震わせていたのが分かる。

もしや!

そう思った時には既に遅く、は組のムードメーカーである彼の「捕獲せよぉぉぉ!!」と言う号令により、は組の彼等が襲いかかったのは言うまでもなかった。


次から次へと積み重なっていくは組の重さに悲鳴を上げる彼、そんな彼を見下ろすのは号令をだした本人とニヤリと笑う亮の姿だった。




「おいおい、文武両道の優等生い組の名前が泣くぜ?」

ニヤニヤと楽しそうに笑う亮に、隣に立っていた彼がムッとしたと思えば亮へと反論した。


「おい、そんな顔で笑うな!」

「そんな顔って……亮はこんな感じだろうが?」

「亮はそんな意地悪そうに笑わない!」

「いいじゃないか、もしかしたらこんな風に笑うかも知れないぞ?」

「笑わない!笑わない!おしとやかに笑うのが亮だ!まだニヤニヤしてるのならば、俺がその面を引っ剥がしてやるぞ鉢屋!!」


そんなやりとりをしていた時だった。
下敷きにされていた彼が降りろよ!!と叫んだ。そんな彼へと口論していた2人の視線が落とされ、ハァと同時にため息がこぼれ落ちた。










「ったく、少しは大人しくしてよな?


五年い組、久々知兵助君?」

















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