謳えない鹿 | ナノ



誰も居ない教室へとやって来たのは1人の生徒。皆教室から出払っている為か、いろはクラスに人1人すら姿が存在しない。

そんな教室へと1人の生徒が走り込んで来た。

彼はゼイゼイと肩で息をするかの様に、荒々しく喉を鳴らす。呼吸が乱れている所から見て、どうやら急いでこの場所へとやって来たらしい。
彼はこみ上げる咳をなんとか押さえ、にじみ出る唾をのむ。そして乱れる自身の呼吸を整えるかの様に胸へと手を当て、軽く深呼吸をする。

額に湧いた汗を手の甲で拭い、とりあえず乱れた制服をきっちりと戻しては教室へと視線を向けた。

教室内には綺麗に並べられた長机と、開けられた窓が存在する。
窓から差し込む日差しは高く、太陽が纏う暖かな温もりが真四角い窓を通じて教室へと降り注ぐ。

そんな教室内をぐるりと見渡した彼は視線を宙へと這わせ、息を吸い込んだ。


遠くから聞こえてくるのは相変わらず元気な下級生達の声。その声に混じる様に聞き慣れた先生の怒号が上がった辺りからして、一年は組が何かしらやらかしたのだろうと理解できる。

同時に風が吹き、ザワリザワリと葉が擦れる音が彼の耳へと届く。その音は酷く鮮明にはっきり聞こえる所からして、彼の居る周辺はかなり静かなのだと言う事がわかる。








ギシリ。

ギシリ。





長年使い続けてきた教室の床は年期が入っている為、一歩一歩踏みしめる度に音がなる。
音が鳴る度に、此処もかなり古く、様々な生徒達が行き来したと言う証拠にもなるのだな。と抱く。

彼は古くなっている教室の床を踏みしめながら進む。そして、教室の入り口から数歩ほど歩いた先にある一つの長机前でピタリと停止した。

バクバクと鳴る胸の鼓動に耳を澄ませた彼は、机の前で膝をつきなにも置かれていないその机の足へと手をかけた。
ギュッと握りしめる掌には汗が湧き上がり、ドクドクと脈が速く打っているのがわかる。

静かに持ち上げた机の足を床から少しだけ離した。
持ち上げたままの状態で少しずつ少しずつと、音をたてる事無く慎重に脇へと動かす。引きずる様な後をつける事はせず、あくまでも持ち上げて移動させる。



ゴトリ。


ある一定の距離を動かした彼は、机を置いた。しかし、汗ばむ掌で机の足を掴んでいた為かズルリと手中で滑り落ちた足は、音をたてて床へと追突。
静かな教室へと響き渡っていった鈍い音に、彼はハッとし周りへと気を配れど自身以外の存在が動く気配は全くしない。


安堵のため息が唇からこぼれ落ちた。


移動された机の下。其処へと一度視線を向けては、再び周りを見渡す。



誰も居ないよな。




囁く声を拾う存在はどこにも見当たらない。

ゴクリと唾を飲み込んだ彼は、机下の床へと手を当てる。
静かに当てられた指先に触れたのは、少し凹んだ小さな窪み。
口元がつい、ニヤリと歪む。

窪みへと指先を当てた彼はグッと力を込めれば、反対側の床がカコンと起き上がった。それをつかみ取り両手で床の板を一枚外し机の上へと静かに置く。

同様にまた一枚、また一枚と破がしては机に置きを繰り返していれば、いつの間にかそこにぽっかりと空いた小さな空間。子供1人分入りそうなその空間の中に、見覚えのある何かが納められていた。

彼は汗が止まらない手を僅かに震わせ、指先でそれに軽く触れた。
何度か撫でゆっくりと手にとって彼はそれを持ち上げ、自身の膝元へと置いた。その仕草はまるで愛おしむものに近い。


ホッとした。


そんな表現が、彼にはぴったりだった。


















『貴方がお持ちでしたか』

「?!!!」

誰も居ない筈だった教室にと浸透する声に、彼はびくりと肩を揺らした。
仕掛けの組み合わせの悪い絡繰り人形の様に、ギッギと首を声のした方へと向けた。
瞳に映し出された存在に、背中から一気に汗が吹き出した。



『まさか、貴方だったとは思いませんでした』




口元に浮かべる笑みはどこか重々しく、のしかかる重苦しい空気を更に重くする。
入り口前の壁に背を預け腕を組むその存在。
つい最近になりこの学園へと編入した注目の生徒。前の学園では三年生だと言う話を噂で聞き、実物である本人を目の前でみた時は三年生にしては背が高い。と言う印象を抱くだろう。
桜色と言う今までにない目立つその頭髪は、少し前に過ぎ去ったばかりの春を連想させられる。しかし、そんな彼を纏う空気は殺気に近く、寧ろ真冬に近いものでしか無かった。
佇む彼は笑みを浮かべたまま、静かに彼へと歩みよる。



『確か僕は、とある人物に預けていた筈なのですが……』




可笑しいですね?何故、貴方が持っているのでしょうか?
浮かべる笑みはいつもの様に暖かなものでは無い。どこか底を秘めており決して腹を見せない獰猛な笑顔。前髪で隠れている目元がはっきりしない為、更なる雰囲気を明るい桜色の彼、亮は醸し出していた。

ギシリギシリ。

先ほど彼自身が立てていた音を、今度は亮が鳴らす。
一歩また一歩と自身へと近付いてくる彼の存在に鼓動が更に早まる。
揺らめく明るい桜色の髪の毛が左右に揺れる度に、ドクリドクリと深く胸が刻まれる。床下から取り出したそれを掴んでいた掌からは汗が滲み、顔に熱が帯びている感覚からするときっと今の自身は赤面しているに違いないと。どこか冷静に判断している彼が居た。

それでも相手はこちらへと歩み寄る足を止めようとはしない。

鳴り止まない鼓動。吹き出し続ける汗。暑くなる指先。
視界が霞、揺らめく明るい桜色が鮮明に彼の意志を繋ぎ止める。

しかし、あまりにも緊迫した空間。彼はそれに耐えきれなくなり持っていたそれをすぐさま手放し、寄ってきていた亮の腕を掴み取った。









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