謳えない鹿 | ナノ



ひたすら走り、人と言える気配の全てを探った。
生物委員会に入ってからずっと動物に触れていた時間が長かった為か、同じ五年生の中でも俺が一番に気配を察知しやすくなっていたらしい。
飼育している動物達は他の存在に酷く敏感で、離れた場所に居る人間に感づき身の危険を察知しては逃げ延びる。
そんな動物達と五年もいれば嫌でも俺の神経は研ぎ澄まされてしまう。しかし、上級生となった今では酷く役に立っている為、かなり助かっている。

走りながら同時にあちこちへと視線を這わせた。
屋根の上、生い茂る木々の中、用具小屋に塀の向こう側。

ザッザッザ!と砂利を踏みしめる自身の足音に紛れ込む、不自然な音を細かく拾う。それでも異なる音が俺の鼓膜を揺るがす事はない。
時折混じるのは風の音と、遠くで騒ぎ立てる一年生の賑やかな声。
全ての物が俺が探しているものとは異なっており、治まっていた筈の苛立ちが足元に纏わりつく。

何処にいる滝沢?!





自身の息遣いが耳元で鳴る。

そんな時だった。




音も無く突如として俺の目の前に黒い何かが、視界の中のへと飛び込んできた。



「?!!」



かなりの速度を出して走っていた俺は、ぶつかると言う寸前で体を瞬時に後ろへと反転させた。
現れた黒い何かも同様に、後ろへと後退しお互いが砂利を引きずる音が響き渡る。ズリズリと擦られる土と小石の音と共に立ち上がるのは、枯色の煙と土。
初めは舞った土により視界が遮られるも、徐々に晴れていく世界。そんな世界を瞬時に満たしていくのは、見えない相手の殺気。
ぐるぐると俺自身に渦巻くそれは正真正銘の殺気でしか無く、足元からゆるりと締め付けてくる冷気にゾクリと背筋が震える。少し息切れをしていた呼吸は更に息苦しくなる。
暖かい筈の気候が急激に冬へと成り代わったかの様に、吐いた息が一瞬だけ白い姿を晒す。



しかし、そんな世界の中へと一番に紡がれたのは、聞き覚えのある1人の生徒の声。





「うわ!八左ヱ門?!」








探していた滝沢の姿だった。

対峙する形で向かい合う俺と滝沢。滝沢は相変わらず人の良い笑顔を浮かべては、いきなり現れるなよ!ビックリしただろう!と頭をかきパタパタと手を仰ぐ。

滝沢が俺へと声をかけた瞬間に、周囲を満たしていた殺気が嘘の様に消えたのがわかった。息苦しいのも、足元を締め付けていた冷気さえも全てが幻だったかの様に感じられる。


「八左ヱ門が此処に居るって事は、逃げ出した狼達は無事に小屋に戻ったんだよな?」


良かったな!と滝沢は笑う。

笑う。だけだった。

そんな滝沢を俺は静かにジッと眺めている。しかし、眺めていた筈のその視線はいつの間にか睨みつけていたらしく滝沢の慌てた言葉により気が付かされた。
滝沢はおいおい、どうしたんだよ?と困った様に頭を掻くのみで、これと言った行動をとっては来ない。



「滝沢、一つだけ聞いて良いか」

「んあ?ああ、一つだけな!」


頭の後ろに手を組む仕草をしたまま笑う滝沢。周りには誰も居ない。ビュウビュウと吹き始めた温い風が俺と滝沢の制服を揺らす。どう聞くべきか?俺は頭の中で言葉を繋ぎ合わせていく。その最中(さなか)、滝沢がどうした?腹でも下したのか?と問い掛けきたその言葉を遮る様に、俺は静かに言葉を紡いだ。






「亮の私物を盗んだのは、お前か?」


俺の問い掛けに、滝沢はキョトンとした顔付きへとなる。
しかし、間を空ける事無くニカリと再び笑った。










「八左ヱ門は面白いことを言うな!」

「っ!」












否定も肯定もしないあやふやな言葉。俺はその言葉に苛立ちを覚えた。
もしかしたら、ここで否定或いは肯定のどちらかを滝沢が選んで居たら、俺のこの沸き立つ苛立ちはなかった筈だ。否定すればもしかしたら滝沢を疑っていた自身を恥じていたかもしれないし、肯定したらしたでその理由をちゃんと聞いて亮へと私物を返して欲しいかった。





だけど………。










「はっきり答えろ、滝沢」

「何を言って居るんだ八左ヱ門?俺は答えだろ?《八左ヱ門は面白いことを言うな!》ってさ」

「何では組のお前が、ろ組の窓から出て行った?」

「八左ヱ門」

「何で、授業中のは組のお前が、1人で校舎をウロウロしてる?!」

「なぁ、八左ヱ門」

「答えろ!」




つい、大声で俺は叫んでしまった。
こんなに声を荒げたのは久々で、正直自分自身でも驚いている。
ピリピリとした空間と共に、ズシリとまるで重石でものしかかったかの様な感覚が俺へと襲いかかる。
鋭い視線で滝沢を睨み付けたまま。しかし滝沢は動じる気配はしない。
そして、ゆっくりとその唇を動かし、そいつはこう言った。








「答える必要が有るのかよ?」








紡がれた滝沢の言葉の意味。
ニカリと崩れる事のない笑顔。
同時に俺は、懐にしまい込んでいたクナイを抜き出し滝沢へと走り出した。





「だったら、無理やり聞き出してやる!」









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