謳えない鹿 | ナノ



五年長屋から出た俺は真っ直ぐと伸びる廊下を、ただひたすら走りつづける。
ビュウビュウと頬を撫でる風がくすぐったいが、今はそんな場合では無い。


は組の滝沢。


アイツが亮の私物を盗んだ犯人だった。
は組は授業中だと言うのにも関わらず何故かアイツ1人だけ、五年生学年の教室にいた所。そしてろ組から出て行った瞬間。たったそれだけで決定付けるには証拠が不十分だが、俺からして見れば全てが一致していた。

ほんわかは組と言われているが、あいつらは俺達ろ組や兵助達の居るい組とは比べものにならない位に団結力が強く固い。
そんなあいつは常に誰かと共に行動する。
必ずだ。
1人ではあまり行動せず、隣には誰かしら立っていた。遠巻きに亮をみていた時だって、あいつが1人でどこかに行こうとする度に声をかけて、共に動こうとしていた。
初めは、編入してきたばかりのあいつに対するは組なりの態度なのかも知れないと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


何でもっと早く気づかなかった?
初めから気づくべきだったと自身を恥く。狼達が脱走した事を伝えにきた時に、何故たった1人できたのか?

思えば思う程腹がたった。


すると、走りつづける向こうの廊下に見覚えのある後ろ姿を発見する。
相手は俺に気づいたみたいで、こちらへと振り向き手を上げようとした所でその顔つきがギョッとさせた。



「は…八?!お前どうし……」

「兵助!滝沢を見てないか?!」


俺は走り寄るなり兵助の肩を掴んだ。
兵助は落ち着け、何があったと制してくるが今はそんな場合では無い。




「兵助、あいつが犯人だったんだよ!」

「あいつ?」

「は組の滝沢だよ!」

「?!」



兵助はかなり驚いたみたいで、口をポカンと開けては唖然としていた。そして嘘だろ?あのは組の1人がか!と驚きの声をあげた。
兵助もは組の仲の良さを知っている。だからこそ、そのうちの1人が同学年である亮の私物を盗んだ事を信じられないのだろう。
あの場に居たのは俺と兵助に三郎、そしては組の滝沢。俺は三郎と兵助がそんな事をする筈が無いと確信している。何せ一年生からの連んでいる友達だ。
そんな友達が亮のましてや年下のあいつの私物を、盗んでは隠すと言う幼稚な事をする訳が無い。

勿論それはは組のあいつ、滝沢も同様だ。滝沢とは話をした事なんて数回しか無いし、あいつの性格なんて正直知らない。そもそも、現れるまでに名前すら思い出せ無かった位に記憶に残らない人物だ。しかし、脳裏をぐるぐると巡るのは不審だらけのあいつの存在で、俺は自身が混乱しているのだとイヤでも理解していた。
あまり知らない同学年の奴と、仲の良い友人を比べれば一目散に疑うのは知らない相手。
今の俺にはそう思う事しか出来なくて、惨めな人間だと改めて再確認させられる。


「待てよ八、何で滝沢何だよ!あいつだって私物盗まれた亮の事を心配してただろう」

「だってよ、考えれば滝沢の奴可笑しい点だらけでさ…。先ほどだっては組は組み手の授業中だと言うにも関わらず何故か五年生のクラスに居たし、何してるのかと思えばあいつろ組の窓から出て行った瞬間見ちまったし」

「なんで、は組のあいつがろ組から?」

「だから本当に分かんなくてよ!」




更に混乱していく。
そんな俺へと兵助が肩を叩き現実へと俺の思考を呼び戻した。





「八、お前は滝沢を探し出せ」

「は?」

「俺は三郎に詳しい話を伝えてから、五年のクラスに行ってみる。滝沢の奴がろ組から出て来たって事は何かしらあるんだろう。俺はそれを探って来る」

「探って、お前………」

「滝沢を見つけたら逃げない様に捕まえておいてくれよ!」




頼むぞ!兵助はそれだけを言い残し、目の前から姿を消した。

俺はただ1人取り残されてしまった。
しかし、兵助が言った通りに俺は滝沢を探しに向かい、廊下から出ては庭を走り出した。

もしかしたら、近くにいるかも知れない。


滝沢が行きそうな場所なんて知らない。だけど、今は急いで滝沢を探すしかない。
滝沢を探し出して、理由を聞き出さなければならなのだ。ろ組から1人で出て行った理由も、授業中だと言うのにも関わらず何故五年生のクラスにいたのか?



「(急がないと)」



亮が授業から戻って来る前に、なんとか滝沢から話を聞き出さないといけない。
同時にあいつの私物である包みも取り返す必要があるのだから。
俺は人、1人すら居ない広場をひたすら走った。










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