謳えない鹿 | ナノ



「見張る事が、お前の作戦か?」

「ああ、良い作戦だろ?」



にかりと笑うのは相変わらず、何を考えているか分からない三郎の姿。三郎は、机の上に置かれている包みをつつく程度で、俺へとは視線を合わせようとはしない。

三郎が提案した作戦は至って簡単なもの。
亮の最後の私物を見張ると言う事。幸いにも今日は授業が無く2人で見張る事が出来るものの、流石に明日も同様に。とは行かないだろう。
だけど、三郎は今日が絶好日だから大丈夫だ!なんて言うもんだから、更に分からなくなる。


「そう言えば、これって、なんだろうな?」


亮から預かった大切な包み。この包みの正体を俺たちは未だに知らない。はっきりと亮にこれは何だ?見せて欲しい。と言えれば良いのだが、俺はまだ亮とは深く親しくはない。
ボロボロの姿のままで部屋に戻ろうとしたあの時は、咄嗟に部屋へと連れてきては俺の制服の着替えを強引に渡しただけであり今思えば迷惑だったよな。なんて思ってしまう。
思い返せば、確かにあの時の亮はさり気なくでは有るが断る機会を伺っていた。しかし、その度に俺と勘右衛門で強引に押し通した。


「(やっぱ……迷惑だよな)」


思い出す度にずしりと目に見えない重りが俺の背中へとのしかかる。
ハァ。とため息付けば、三郎が何だよ。陰気臭いな。と手で周りをあおぎだした。



「お前、よく亮から、これを借りれたな」

「何でだよ?」

「だって、これいつも亮が背中に背負って持ち歩いている物だろ?そんな大切なものをよく借りれたな〜って、思ってよ」


そう言えば、三郎もそれもそうだな。なんて軽く返しただけだった。
しかし、その内見せて貰えるから心配するな!とまた、悪戯を企む時の様な笑みを作り出したのだから、あえて深くは追求しなかった。


しかし、こうやって何もせずに亮の私物を見張るのは退屈だ。
俺は、この後の予定を欠伸を殺しながら思い出す。

確か、この後は委員会で飼育小屋へと行かなければならなかった筈だ。

そろそろ季節も暖かくなり初め、小屋の中も動物達の為に新しく作り変えなくてはならない。
そうなれば、一旦、飼育小屋の中にいる動物達を外へと出してと大掛かりな作業をしなくては……。しかし、毎度の如く動物や飼い慣らし中の虫達は脱走を繰り返し、それを俺たち総出で捜索へと向かう。

本来なら、動物達を移動し一時的に入れておく小屋があるのだが、長年使い続けていた為の年期があるのか軽い衝撃を与えただけでそれは糸も簡単に崩れてしまう。

生物委員全員で飼育小屋を掃除にかかっている為、脱走した動物達の存在に気が付きはしない。
一段落し休憩がてら戻った時には全て蛻(もぬけ)の空と言う事だ。

用具委員会に毎度毎度修理を頼むも、それは必ず壊されてしまう。
それを見た用具委員会委員長の先輩は「一瞬の破壊活動だ!」と言っていたのが脳裏を掠めた。



すると、部屋の前に一つの影が浮かび上がったのに俺は気が付いた。
一瞬、犯人かと思った俺は懐に入れているクナイへと手を当てたが、静かに襖を開けたその存在を知っている俺は何だ。と、こぼした。


「雷蔵か、びっくりした」


襖から姿を表したのは三郎の同室者である雷蔵。
雷蔵はやぁ、八。とにこりと笑って目を細めた。


「三郎に用があってね」

「三郎に?」


と、雷蔵が言えば、三郎はいきなり立ち上がっては忘れてた!と声を荒げた。勿論、それに驚いた俺はびくりと肩を揺らしたが三郎は気にする事なく、雷蔵の元へと向かって行った。


「え!ちょっ……三郎!」

「八、直ぐに戻るから待ってろよ!」


三郎はそれだけ言い残し、ピシャリと襖を閉めては雷蔵と一緒にバタバタと騒がしく廊下を走り去っていく。遠くなってゆく音を聞いてる事しか出来なかった俺は、ただ唖然とするしか無かった。


「オイオイ、言い出しっぺがいなくなってどうすんだよ?」



重みのあるため息が室内へと沈んでいく。
すると、再び遠くから騒がしい足音が響き渡るのに気が付いた。
今度は何だ?と、ふと襖を開けて身を乗り出せば廊下を走っていた存在が目の前で、突如として止まった。


「八左ヱ門此処にいた!」

「は?」


其処にいたのは肩で息をする五年は組の奴。
あまり話をした事は無いが、確か良い奴だ。と言う印象が俺の中にある。名前は思い出せないのが何とも苦しい。



「飼育小屋の狼が逃げた!」

「はぁぁ?!」

「は組の組み手の授業で、校庭に行こうとした所で狼達が近くを走ってるのを見て……それで!」


オイオイ!冗談じゃないって!
俺は直ぐに廊下へと出ては、逃げ出した狼達を探すべくは組のコイツが言う場所へと向かおうとした。

だけど……



「(!)」



襖を開けたまま部屋の中へと視線が注がれた。視線の先には、机の上に置かれたままの亮の私物。
ぽつんと置かれているそれはどこか寂しそうで、日がちゃんと差し込まない室内により更に雰囲気を醸し出す。
今此処を離れる訳には行かない。何せ、亮の荷物を見張る事が出来るのは、俺ただ一人だけなのだから。だからと言って逃げ出した狼達を野放しには出来ない。
それこそ放っておけば誰かしらに危害を加えかねない。いくら、人に懐く様に世話をしているとは言え相手は犬では無く狼だ。生物委員以外の下級生と言った存在に牙を向けても可笑しくはないのだから。


「だぁぁ!どうすれば良いんだよ?!」


隣では、早くしてくれ!俺、組み手の授業に間に合わなくなる!!と更に急かしてくる。
どうすれば良いどうすれば良い?!そんな言葉がぐるぐると脳内で回りだした時だった。角を曲がりこちらへと遣ってきた存在に、は組のコイツが気が付いた。


「あれ?久々知!」

「ん?誰かと思えば……八には組の滝沢じゃないか?何してんだ?」

「兵助こそ、何遣ってるんだよ?い組は座学の授業だろ?!」

「残念ながら座学から郊外演習に変わってな。でも、演習で使用する予備のクナイを忘れたから取りに戻った所で………」

「八!」



またもや遠くから遣ってきた足音の中に、先ほど部屋を出て行った三郎が走っては戻ってきた。
三郎は廊下にいる俺たちの存在に驚くが、気にする事なく俺へと話掛けてきた。


「悪いが八、お前一人で見張っていてくれ!」


「な?!どう言う事だよ?!」

「以前雷蔵の手伝いをする約束をしていて、どうやらそれが今日みたいでな。時間がかかりそうなんだ」

「俺だって、今飼育小屋から脱走した狼達を探しに行かなきゃならないんだって!」

「は?飼育小屋?何で此処にいた筈のお前が?」

「は組のコイツに聞いたんだよ」


ちょいちょいと、隣に立っているコイツへと指差せば、早くしろ!俺先生に怒られる!と更に急かしてきた。勿論、その隣にいた兵助にも驚いた三郎だが、そのままスルーし自身の頭を軽く掻いた。


「仕方ない!こうなったら、亮のあれはこのまま私の部屋に置いておく!」

「本気か三郎!」

「ああ!」


三郎はいきなり俺たちへと向き直っては人差し指をピッと前へと突き出す。




「これは俺たちしか知らない。それに亮の私物を預かったいるのを知っているのは此処の私達と雷蔵しかいない」

「……つまり?」


「亮の私物が盗まれる確立は低いと言う事だ」


だから大丈夫だ。それに、お前等も他の誰かに口外する訳ないよな?と俺の他の2人へと言えば、兵助は当たり前だろ?と呟き、は組の滝沢は早く授業に!!と叫ぶ。


「とりあえず、今は解散するしかない。
くれぐれも口を滑らすなよ?」


最後に、私は亮の私物を部屋に隠してから行くから。と、自分の部屋に戻った三郎はピシャリと襖をしめた。
中からガサガサと言う音が聞こえてくる。



「八左ヱ門!八左ヱ門!」

「え?」

「早く行くぞ!俺本当に限界何だから!」

「ま!ちょっとうわ!!」


俺は無理やりは組の滝沢に腕を捕まれてしまい、変な格好で走り出した。兵助も、俺も急がないと…と呟いてはい組の長屋へと駆け出す。そして廊下の角を曲がろうとした寸前で、部屋から出てきた三郎の姿を捉えた所で俺の視野が変わった。


バタバタと急いで走る滝沢に引っ張られる俺。
とりあえず逃げ出した狼達を飼育小屋へと戻し、亮の私物が隠してある三郎達の部屋に再び見張りに行こう。そう決めた俺は崩れていた体制を戻し、滝沢と一緒に走り出した。














100622

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