謳えない鹿 | ナノ



深まる闇を己の世界だと言いものは、とある世界に息巣くう人間の言葉である。

空は何処までも蒼く、暗く、広く。それを見上げる私達の格好は寝間着のものであり、いつも着ている制服では無かった。縁側に腰掛け広大な夜空を見上げる。隣には雷蔵と八が座っている。
今回の騒動で疲れきった私達。それを癒やすかの様に吹き出した南風が髪を弄び、寝間着越しにくすぐったい感覚が私へと襲う。
隣では八が両手を空へと伸ばし体をほぐす仕草が、視界の端っこに映り出す。


「今回はお疲れさんだったな三郎」


伸ばしていた手を私の背へと伸ばしたと思えば、楽しそうにバシバシと叩く。しかし八は無意識な所でその馬鹿力を調整出来ない時がある為、現在形で叩く背中は悲鳴を上げている事をコイツは知らない。


「まぁ、亮の変装をテストする良い機会だったからな。少し張り切り過ぎたかもしれないが収穫はたくさん得た」

「収穫?」


何の?と首を傾げた雷蔵。ああ…それはな…。と言いかけた時だった、彼の座る縁側の更なる向こうの暗闇。その暗闇からまるでコポリと水面から浮かび上がったかの様に姿を表したそいつに、私は口元が笑みを浮かべたのに気が付いた。
すると、同時に隣に座っていた八がその存在に気が付き手を立ち上がる。


「亮!」

遠くからこちらへとやってくる亮の存在。雷蔵も釣られる様に向こうへと振り向けば、手を小さくふる仕草が私の瞳に写りだした。


「こんな夜遅くにどうしたんだ」


亮へと寄っていた八、また何かあったのか?と亮の顔色を伺っている。しかし、今は夜で目元を隠す前髪が邪魔で多分分からないだろう。


『竹谷さんに用がありまして』

「俺に?」


亮はどこからともなく一つの包みを取り出した。それを受け取った八は怪訝な顔で包みを解く。私も雷蔵もその荷物が何なのか気になり、その中を覗き込めば見慣れた制服が一着。なんで制服?と思うも、そう言えば八の制服を亮は一時的に借りていたものだと思い出す。


「もう、良いのか?」

『はい、制服はもう戻ってきました。それと』


亮は私達へと向き直っては、あの柔らかい笑みを口元に浮かべる。そして、小さく一礼し今回はありがとうございました。と言った。


『皆様のおかげで私物が手元に戻ってきました』

「そんな、当たり前の事をしただけだよ」


相変わらず2人を取り巻くのは穏やかなものだ。このまま2人の様子を眺めていても私か構わないが、きっと八が飽きてくるに違いない。
私は座っていた体制から立ち上がり、八の肩へと手をおき亮へと笑ってやった。



「亮、私との約束を覚えているだろう?」

「約束?」


何の約束だ?興味津々といった表情の八を無視すれば、亮は勿論です。と手を後ろへと組んだ。



『あの包みの中身を見せる。そして、呼び名を変える事でしたね』

「そうだ」


いつそんな約束したんだよ三郎!まぁ色々とな!そんな私達のやりとりを眺めながら、亮がクスリとまた笑った。





『大丈夫です。ちゃんと覚えて居ますから安心して下さい。鉢屋さん』



「!」




緩んでいた口元が固まった瞬間だった。
私の異変にいち早く気づいた雷蔵はええっと……。と何故か悩み出した。しかし、今は亮が言った台詞が優先だ。


「亮、約束を本当に覚えているのか?」

『覚えていますよ。鉢屋さんが真犯人を見つけ出し貴方が捕まえたら、下の御名前でお呼びします。と』

「ならば、私の事を三郎と呼んでおくれよ」

『鉢屋さん。約束は"見つけ出し貴方が捕まえたら"つまり見つけ出す事は出来ましたが、『貴方』自身が捕まえてはいませんでしょう?』

「おいおい、私は…」


亮は何を言っているのか分からない。確かに私は亮の私物を盗んだ真犯人を見つけ出した。
そして、テストと言う名前で亮に変装し、兵助に変装していたい組のそいつを…











「ああ!!」



そこで私は、亮の言っている事に気が付かされた。
真犯人を見つけ出したのは『私』だ。しかし彼を捕まえたのは『私』ではなく、『は組』の連中だったのを思い出した。
口元に手をあて控えめにクスクスと笑う亮と突如として声をあげた私に驚く八、そして未だに悩み続ける雷蔵の3人を瞳に映し出す。「卑怯だぞ亮」

『僕は本当の事しか言っていませんよ』

「言葉遊びし過ぎだ」

『しかし、それは鉢屋さんからの案ですよ。
お忘れですか?』



また小さく笑う亮に、俺はして遣られた。としか思えなかった。
コイツ、前は三年生だったと話は聞いては居た為、現在五年生である私達より少し劣るかと思っていたがそうでは無かった様だ。
しかし、同時にどうしても亮に下の名前を呼ばせてやろう。と言う可笑しな闘争心が沸き立つ。ふつふつとこみ上げる、悪戯心にちかいそれに胸が躍る。

私は再び亮へと笑ってやった。



「いつか、呼ばせて見せるからな、亮」

『はい、楽しみにお待ちしております。鉢屋さん』




俺の意図がよめたのか、亮は更に口元を描く。

笑う俺に同様に笑う亮。






そんな私達の傍らでは八が何だよ!俺にも教えろよ!と騒ぎ出し、雷蔵はいつの間に約束したんだ?と今までの経由を思い出そうとしていた。







まだ蒼が残っていたはずの空は更に黒く、深く、広く染まって行った。

















100627

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