謳えない鹿 | ナノ



はじめはかなり驚いた。
だって彼は酷くボロボロの格好で、前髪で隠れていない頬は何かに切られた様な後がある。
僕は間近で亮君をみた事はあまり無いが、遠目でも見分けがつくくらいにきれいな肌に走る赤い線はよいものとは言えない。

そんな状態で現れた彼は今は部屋の奥で八が広げる制服を、勘右衛門と一緒に真正面に正坐しながら眺めていた。
時折、その中から着れそうな制服を取っては軽く試着してみて。と勘右衛門が渡す制服に上から簡単に腕を通すがやはり小さいのか、直ぐに脱いでしまう。

僕達が話をしていた内容と亮君の登場はタイミングがよいのか悪いのか、彼の姿をみた瞬間に相手は亮君へ手を出してきたのだと抱いた。
先ほどきいていた内容も内容な為、彼はきっと私物を盗んだ相手に遣られたに違いない。とーー。

だけど………



『……やはり、竹谷さんの制服をお借りする事は……』

「あのな、亮。お前変えの制服盗まれたんだってな?演習帰りで泥まみれになって戻って来るのは分かるが、汗と泥が付いたままのをずっと着ているつもりか?」

「それに、ちゃんと医務室で切り傷の消毒しないといけないよ」



ピシャリと言われてしまった亮君は、やはりダメですか。と小さく笑っていた。





亮君がボロボロな格好の原因は、は組の校外演習によるものだったらしい。やっぱり相変わらず実技が苦味なは組の中で共に行動する亮君は、何かとサポートばかりまわっていたらしくこの様な姿になったと話を聞いた。
だけど、五年生のしかも一部の忍たまの間だけに広まった彼の私物紛失事件。これを聞いた彼らは陰湿な嫌がらせだと思い込んでいるらしく、そんな中亮君の今の姿を見れば更に話が広まってしまうだろう。

八も亮君の私物が盗まれた件を知っている。その中で郊外演習帰りの亮君は今や替えの制服を持っていない。八の話しではそのままの格好で自室に戻ろうとした所を捕まえ部屋に無理やり連れてきた。そして、今や五年生の中で二番目に背が高い八が亮君に制服を貸す事になったと言う。


しかし、亮君は酷く遠慮しているのか、先ほどからずっと断る機会を窺う。その度に八と勘右衛門がピシャリと断ち切る様子を、僕は遠巻きにチラチラと眺めていた。


「なぁ勘右衛門、やっぱりこっちの方が合うかな?」

「それは丈が短くないか?それだったら、丈は丁度いい方が合うと思うよ。今の季節だったら袖が短くても上から何か羽織れば良いしね」


八は確かに背は高いが背よりも体格が良い。日々成長し続けるこの歳だとコロコロと制服の寸法が変わりやすい。亮君はまだそう言った成長期が来ていないのか、一、二着程制服があれば問題がなかったみたいだから、今回の件には本当に困っているみたい。
なにせ、この学園に居る場合は制服でと。と言う決まりがあるから。

再び、僕は三人が話し込むその場面へと視線を向けた。
また一着の八の制服を取り出せば、襟元がだらしなく垂れている。
勘右衛門がちゃんと洗濯していなかっただろう?と指摘すれば、八は視線を泳がせながら再び籠の中にある制服を漁り出す。勘右衛門は勘右衛門で背の高い亮君に合う様なサイズの制服を眺めて、痛んでいたり虫食いされて居ないかを眺める。

何だか変な光景。


でも、僕はふと気が付いた。
亮君の姿が其処に無いのを。
あれ?亮君?
と、周りを見渡そうとした時に隣に座っていた兵助からバチン!と何かを叩く音がした。気になったその現況へと視線を泳がせれば、兵助が三郎と会話しながら手を伸ばしている姿が瞳に映る。

何してるんだい?

視線だけで彼へと問えば、三郎が阻止してんだよ。と面白そうに笑った。



「亮、何処行くんだい?」

あえてそのままの体制で話す兵助。その兵助の後ろから覗いた薄桜色の髪が揺らめくのが見える。何故か四つん這いだ。
彼は、えっと……と唇の端をピクリと痙攣させ言葉を詰まらせる当たり、無断でこの部屋から出て行こうとしたに違いない。
口元に笑みを浮かべた三郎が身を乗り出し、兵助が抑える亮君の長い髪の毛の尻尾を引っ張る。勿論亮君はうわ!と三郎に頭を引っ張られてしまい無理やりな形で僕達の輪にと連れ込まれた。



「おとなしくしていろよ亮。もうそろそろ制服借りれるんだから……」



三郎はほら、と亮君へと煎餅を渡せば、たじろぎながらもありがとうございます。と一言述べてはそれを手にする。
その様子を三郎から貰った煎餅をかじりながら兵助が眺めていた。亮君は正坐し、足を崩すような事をしようとはしない。元々目は前髪で隠れているから分からないし、雰囲気はいつも通り落ち着いている。
頬の軽い切り傷もに付いた汚れは、自身の懐に入れていた手ぬぐいで、軽くはとったみたいだけどやはり近くで見ればその傷は目立つ。後で保健室に行ってちゃんと消毒してもらわないと。そう言えばと僕は小さな疑問を抱いた。
話に聞く限り、亮の部屋にあった私物は全部と言っても可笑しくないくらいに取られたと聞いている。
しかし、いくら彼が一人部屋にいるからとは言え、それなりに前の学園から編入してくる際に様々な荷物を持ってくるだろう。
もしかして、それ全てが盗まれたのだろうか?
でも、彼はあまり焦ると言った雰囲気が無い。


何故だろう。





「ねぇ、亮君」

『何ですか?不破さん?』


煎餅を口の中に含んでいたらしく、口元に軽く手を当てて小さく首を傾げる姿は彼の歳相応のものとは思えない。
煎餅を食べる姿すら行儀がよい。


「荷物の中に大切な物は無いのかい?」

『え?』



彼は僕へと顔を上げた。雰囲気からは何故ですか?と纏う様子に僕は、慌てた様子をみないから。と告げた。
だけど、彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべてははっきりと有りません。と答えた。

勿論、それに驚いたのは僕達。




「じゃあ、何持ってきたんだ?」

『非常食と兵糧丸。それから本を数冊に簡単な筆記用具だけです』




それで彼は無い。と答えたのだろう。確かに一見、荷物の内容を聞いたばかりではこれと言って大切な物がある訳ないみたいだ。三郎が他に持ってくるものは無かったのか?と聞くも、亮君は必要が無いので。と笑う。
口元を穏やかに緩ませる彼の笑みは相変わらずで、盗難騒動で騒がしい今のは組とは正反対の反応だ。
本当に盗まれても問題がないものだったのか、それとも只単にマイペースで実感が無いのか。
兵助と三郎と会話する亮君を、僕は静かに眺める。






「おし!亮、この制服なら大丈夫そうだ」



パシンと立ち上がった八に皆の視線が集まった。


「小さいかも知れないけど、今はこれで我慢してくれよ」

八は座っている亮君へと制服を渡すが、それでもどこか渋りながら彼は静かに受け取っていた。
勘右衛門は亮君に着替える様にと促すも、え?!と驚いた声を上げた。

「そのままじゃ汚いだろ?ほら、衝立あるから向こうでね」

勘右衛門に無理やり衝立へと追いやられる彼は、珍しくそわそわしている。そんな亮君に覗くわけじゃないから。と言い残しては此方へとやって来た。
観念したのか、亮君は部屋の隅にある衝立の向こう側へと姿を消す。

シュルシュルと制服を脱ぐ音が耳を掠める。すると、衝立をジッと眺めている三郎に気が付いた僕は、三郎。と名前を呼ぶ。三郎は男の着替えを覗く趣味はないさと笑うだけ。


「亮を見て思い出した事が会ったんだ」

煎餅を食べ終えた三郎は新たに袋から一枚取り出し、僕達へと振り返る。
その顔はどこか楽しそうで、悪戯を仕掛ける前によく浮かべる表情だと僕は知っている。
勿論僕だけでは無く八や勘右衛門に兵助すらも気が付いていた。八が何するつもりだ?なんて怪訝な顔付きするものだから、僕もつられてしまいそうになる。


「おいおい、別に亮に危害をくわえる事はしないよ」

むしろ、亮に協力して欲しいくらいさ。なぁ、亮!
と衝立の向こうにいる亮君へと言葉をかければはい?と衝立の脇からひょっこりと顔だけ出した姿。その姿に一瞬だけ可愛いなと思った僕が居た。


「ちょうど試してみたくてさ。勿論、は組には私から話を付けて居くから心配するな。亮」

『は、はぁ………』未だにニコニコと楽しそうに笑う三郎。
大事に成らなきゃいいけど。

隣にやってきていた勘右衛門と兵助がため息をつく姿が、僕の瞳が映し出した。















100619

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