謳えない鹿 | ナノ








賑わう教室の中で交わされる内容は昨日の課題実習のものである。
どうやって隠れたのか、逃走ルートはどこを使用し相方となった相手とどの様な行動パターンを取ったのか?そんな話題で持ちきりだった。
そんな中、一人で午後の授業に必要なものである筆記一式セットである筆類、それを自身の座る席の下から取り出そうと手を伸ばした時だった。


『……………あれ?』












* * *


昨日は本当に大変だったな。
俺上手い所まで隠れたのにさ、惜しい所で先輩に見つかって……

廊下を進めば他の五年生達の会話が、横を通り過ぎる俺の耳へと入り込んできた。
確かに、昨日の課題実習はいつもに増して先輩方の覇気が凄まじかったのを俺は記憶している。
隠れている五年生を探し回る先輩方の背中は、殺気に似た何かが漂い正直に直視出来なかった。
そんな事を思い出し、俺は見えてきたは組の教室に彼はいるだろうかと胸に抱いた。
でも、この時間帯ならば授業を受ける為に、彼はきっと教室に居るに違いない。

しかし俺は静には組の中を覗き込めば、意外にも薄桜色と言う特徴的な存在は居らず俺はあれ?と疑問符を浮かべた。

教室を見渡せど、其処には自身の目的である彼は居ない。
もしかして、誰かの影に隠れていて見えないだけかな?
偶々、近くにいた見覚えのある友人の背中へと、俺は声をかけた。


「ねぇ、亮君、いる………」



は組の扉を軽く叩きながら近くの彼へと先の言葉を紡ごうとした途端だ。
は組の教室内から一斉に視線を浴びた俺は、息が急に詰まりだし続く筈の言葉が喉に突っかかりなかなか出て来ない。






何だ?









ドッドと、胸の鼓動が無意識に高まる。でも、それを表情に出すわけに行かない俺は、あくまでも平然を装い、どうしたんだい?
と言おうとした。
しかし出かけた台詞はは組のムードメーカー彼の「突撃ぃぃぃ!」と言う言葉により見事にかき消された。

ドドド!と襲いかかるは組の群集に、俺はギィヤァァァァ!と情けない悲鳴を上げるしか出来なかった。

次々と俺の上に積み重なる度に、肺が圧迫されそのたびに俺はグエ!と言う台詞を吐き捨てる。
10人位のは組の彼等が俺の上に積み重なり、どうだ!とか、観念しろ!なんて言うもんだから、頭が現実に全く付いて行かない。

すると、下敷きになる俺の目の前にと現れたそいつは、突撃と命令電波を配信した張本人がダン!とワザと足音を立てて腕組みする姿があった。


「まさに、犯人は現場に現れる!だな!」


不敵にフッフッフ!と笑うそいつはいつもの様に明るく振り撒く姿では無い。初めて見せた彼の新たな一面に何故か冷や汗が溢れ出す。

何これ?!どうなってるんだよ?!

俺は目の前で腕組みする彼に何だよ!これ?!と精一杯に抗議するも、彼はええい!?往生際が悪いぞ!観念しろ!と声を上げれば同調するかの様に積み重なる上と俺を囲うは組のみんなから、そうだ!そうだ!と更に声が上がり俺の声をもみ消した。


「俺が何やったって言うんだよぉぉ!!」

「白(しら)を切るつもりか?!優等生の名が泣くぜ!勘右衛門!!」

「だ・か・ら!俺は何も……」「大変だよ!」


バタバタとは組へとやってきたのは、は組へと情報伝達の役割をする事で有名な生徒だった。
ハァハァと、肩で息をする彼の後ろから現れたのは俺が探していた張本人。その証拠に毎日背中に背負う包みが背中から顔を覗かせる。彼は下敷きになっている俺を視界に捉えたらしく『尾浜さん?!』と、珍しく慌てた様子を示した。


「何だ?犯人なら、今こうやって……」

「そうじゃないよ!亮の制服迄もが!!」


彼がそう言えば、ドッとは組内でざわめきが生まれた。
まじかよ?!制服もかよ!!と慌てるは組内。やっぱり俺は置いてけぼりで、今目の前で起きている現状がさっぱり過ぎる。

犯人?現場?制服?

俺は下敷きになったまま教室の出入り口に立っている亮君へと視線を向ければ、彼は唇を噛み締めて居るのが瞳に映り込んだ。
目元がはっきりしない為、どんな表情してるかなんて分からない。だけど、どこか落ち込むかの様な雰囲気にズキリと胸が痛んだ。


すると、もう一人の人物がは組へやってきたのに俺は気が付いた。彼は勘右衛門、早くしないと授業が……と言いかけるもは組の連中に俺同様に睨み付けられ、ピシャリとその場に立ち止まってしまった。
俺はマズい!と抱いたと同時に、兵助、逃げろ!と言ったもののまたもや突撃ぃぃぃ!の台詞にかき消された。

目の前で兵助がうわぁぁぁぁ!と悲鳴を上げてはは組の下敷きになる光景を、俺はみている事しか出来なかった。
よく分からないけど、とりあえずごめん。兵助。


「くっ!!まさか2人組での犯行だったとわな!」

不覚だ!
なんて握り拳をつくるそいつの相変わらずなマイペースに、俺は呆れるを通り越して感心する位だ。
一方の兵助は積み重ねられた時に、上の連中の腕の打ち所が悪かったのか目を回して気絶していた。それを視界に捉えながら彼は俺へと向き直っては見下しながら言葉を吐き捨てた。


「動機はわかって居るんだぞ!兵助、勘右衛門!」

「動機って……何の事だよもう……」

「勘右衛門は以前、い組とは組の組み手で亮に負けている。大方、悔しくて負けた腹いせなんだろ?!」

「はぁ?!」

「兵助は昨日の課題実習不合格の苛立ちを晴らす為に違いない!!昨日六年生に捕まって単位を落としたが、年下である亮は課題実習を上手くこなした。つまり、勘右衛門と同じ腹いせ!!」
「なるほど!それで2人で手を組んだ訳だな!」
「これで全て一致したな!!」


ワイワイと勝手に話を進めるは組。
ついでに亮君はと言うと、落ち着いたいつもの雰囲気を崩しては一人オロオロしている。

様子から見て、亮君に何かあったに違いない。
それで俺達が何かの犯人に上げられたと言う事?


「ちょっと待ってよ!本当に状況を説明してくれないと俺達……」

「観念しな!!2人共!!
それとも何だ?!腹いせじゃなくて、只単に欲求不満でピチピチのツルツルな若い亮の私物でハァハァしてるのかよ?!」

「ギィヤァァァァ!!亮君の前で何言ってんだよお前ぇぇぇ?!」


まさかの下ネタ発言に驚いた俺は、扉近くに立っている亮君へと視線を向ければ口をぽかんと開けて首を傾げる姿が其処にあった。そして、そんな亮君の耳を一緒に教室へと入ってきた彼が両手で塞ぐ様子にホッとした。
しかし、亮君は五年生の中でも背が一番高い為、は組のクラスの中で一番背丈が低い彼は一所懸命つま先立ちをして手をいっぱいに伸ばしていた。「何だよそれ!タダの変質者じゃないか?」

「い組の良心と言われる勘右衛門でも、所詮はい組の一人でしかない。俺は騙されないぞ!このハァハァ野郎!!」

「止めろって!変な名前を付けるな!!」

「それじゃ、シコシコ野郎!!」

「尚更嫌だぁぁぁ!!」


もはや泣きたくなって来た。俺達が本当に何をしたと言うんだ!?
は組の連中はいまだに俺達を警戒した目つきで睨んでくるし、遠くでは耳を塞ぐ同級生に訳が分からないと、疑問符を浮かべる亮君の姿。



もう、何だよ何だよ!
全てがシュール過ぎるって!












「ほんわかは組!!お前ら何やってんだ!」

《あ》


そんな世界へと飛び込んで来たのはろ組担任の先生だった。
先生は、は組の状況に一瞬ぽかんとするが、授業が始まるだろうが!さっさと席に付け!!
と言う怒号によりは組は蜘蛛の子を散らすかの様に、慌てて自身の席へと戻って行った。










もう、一体何がどうなって居るんだよ?

















100617

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