謳えない鹿 | ナノ



五年生、課題実習。

内容は六年生から逃げ延びる事。方法は問わず。朝から夕刻迄に残って居れば合格。

そして、夕刻を過ぎて見事に逃げ延びた五年生の全体数は、いろは組全部合わせた人数の半分すら行かなかった。い組で5組、ろ組で6組には組たったの3組。その3組の中に亮が含まれていたと言う話を聞いたクラスメート達は凄い凄い!と感動する。
且つ、相方となる相手がまさかの事務員の小松田さん。と聞けば興奮は更に高まる。
確かに先生は2人一組で組むとは言っていたが、「同学年」とは一言も言っては居なかった。は組の一人が亮へと、大丈夫だった?なんて聞いて来るもんだから亮はむしろ楽しかったですよ。と笑って言う。


そんな賑やかな騒動が過ぎた夜。


明日は五、六年生は午前中のみでは有るが授業が休みとなる話しを聞き、実習が終わった途端に五年の皆はすぐさま床へとつく為に部屋へと戻った。
よほど疲れていたのか、深く眠る事が出来た。
しかし、早く寝たせいか、まだ月が姿を表す深夜に目が醒めてしまった彼は徐に起き上がった。衝立の向こうからはわずかな気配を感じる。その様子からして、同室者はまだ寝ているらしい。


「………」


実習中に受けた傷が少しだけズクリと痛み出した。そっと手を当てれば包帯越しに熱を持ち始めている事に気が付く。このまま放って置けばいずれひどい痛みを放つだろう。そうなる前にと、彼は静かに立ち上がり部屋を後にした。



月が照らす学園はどこか怪しく、ザッと吹き出した風がなんだか不気味であった。
髪を撫でた風が頬を当たり、どこかくすぐったい感覚に寝ぼけていた脳か目覚めてくる様だ。まだ冷たい廊下が、ヒタリヒタリと神経を刺激する。夏まではまだまだ遠いと言うことを改めて実感させられる。

さっさと井戸へと向かい、冷やさなければならない。

そんな考えが歩を進める。

まだ就寝中の五年生長屋を通り過ぎた時だ。ふと、何かが暗闇に紛れているのに気が付く。初めは全く分からなかったもののガリガリと何かを噛み砕くそれは、シンと静まり返る世界の中には酷く浸透するものだ。

ゴクリと無意識に喉が鳴る。

何かが其処に居て、ジッと動く気配が全く無い。
月が照らしていると言うのにも関わらず、其処だけが深い闇に覆われる。まるで暗闇への入り口だと言わんばかりに。

しかし、そんな暗闇から出て来たのはつい最近見慣れたとある人物。朝に行われた課題実習を落とす事無く合格した一人のである亮の姿が。



『こんばんは。鉢屋さん』

「やぁ、亮じゃないか」



何だか気が抜けてしまった様な脱力感が鉢屋に襲いかかってくるも、それを顔には出さずにいつも通りに接する。
着ている服は五年生の制服のままであり、この時間帯に寝間着では無いのに鉢屋は疑問を抱いた。


「こんな夜に何をして居るんだ?」

『寝れないので、少しお散歩に。
鉢屋さんは?』

「井戸にね」


亮はそうですか。としか言わない。でも、口元は相変わらず笑みを浮かべて居り、その様子からは本人の言った通りに寝れないのだと悟る。
亮はでは。と一礼し鉢屋の隣を通る。
が、彼になぁ。と呼び止められた亮は静かに止まった。



「今日の課題実習。どう思った?」

『………普通に楽しかったですよ』



鉢屋へと向き直って腕を後ろで組む姿は相変わらず落ち着いていて、その笑みを絶やす気配は無い。


「前の学園では、こう言った授業はするのか?」


鉢屋のその言葉に亮はどこかきょとんとした雰囲気を纏うが、亮は丁重に返した。


『いえ、無かったです』

「どんな事をしてたんだ?」

『彼方の学園で、ですか?』

「ああ」


前の学園。
亮とあまり話す機会の無い鉢屋にしてみれば、単なる興味から聞いてみただけの事なのだが其処にいる亮は更に深い笑みを浮かべクスクスと笑った。
口元を控えめに手でおえる仕草は変わらず、されど目を惹き付ける艶を持つそれはまるで遊女の雰囲気を醸し出す。



『面白い所でしたよ』



会話がどこか噛み合わない。それでも、向こうの亮が居た学園の話しを聞けるのならばと鉢屋は静かに耳を傾けるだけである。



「……楽しかった。では無くてか?」

『はい、楽しいよりも面白いが妥当ですね』

「例えば?」



鉢屋の言葉。それに続ける様にと亮の台詞が出ると思いきや、亮は何も言わなくなった。
無言で鉢屋を眺めるのみで、形の良い唇は動く気配が無い。
再び風が吹き出せば、ザッザッと周囲の草木を大きく揺るがす。吹かれた葉は木から放れ、掴む事が出来ない風に身を委ね紺碧の空へと舞い上がる。









『鉢屋さんは肉料理はお好きですか?』

「………?。ああ」

『例えば?』

「おばちゃんの作る唐揚げ定食や焼き肉定食とか」

『僕は苦手です』

「なぜだい?」

『彼方では食事の主食は主に肉と決まっています。己で狩りを又は、獣達が喰い残した肉片を横撮りしそれを食べます。野菜、山菜、魚介の摂取は3日に一度のみ』


ね?面白いでしょ?

小さく首を傾げる仕草は幼い子供の様にあどけない。しかし、その口から放たれた内容はこの学園では考えられない物事であり、ただ静かに聞くしか無い鉢屋は表に出さずに唖然とするのみだった。







『驚かれましたか?』

「…………ああ」

『それと似た様な実習しか向こうには有りません。だから、僕は此方の課題実習を行った時は凄く楽しかったです』



平然と言い退ける亮。
何が面白くそして妥当なのか。その内容を聞いた鉢屋にしてみれば確かそれらは、『楽しい』では無く『面白い』に分類される。
普通此処は『可笑しい』『狂ってる』の言葉が出るのだが、やはり忍の道を目指したが為、故の茨の道。全てが綺麗事で終わる訳が無いこの世界で、生き続ける為にぬるま湯の様に温いその大地に足を浸す。

浸り続けた足を踏みしめる度に本来の大地を忘れ、常識を捨て温い大地に脳が支配され汚染のままで居る。
汚い物事を皮肉に「美しい」と紡ぎ、歪んだ物事を愉快に「面白い」と告げる。狂って居る訳では無いのだ。それが『忍らしさ』と言うもの。
つらつらと紡ぎ続ける言葉の内容は酷く残虐的であっても、それを思い出し感傷に浸るなど世を知らない幼き子供でも出来る事。

ならば、平然と答えるだけである。彼方での出来事で日常の一つを。

生臭い肉を貪ると言う日常を。








「確かに、<面白い>な」

『はい、とっても』



皮肉では無かった。
そんな面白い学園があったと言う事に、驚く反面今までよくも続いていたのだと面白くも感じる。風魔とはまた違った学園の存在に。





「亮。また、話を聞かせてくれるかい?」

『つまらないものばかりですが、宜しいので?』

「ああ、私は亮の居た学園の話が面白い」



にこりと鉢屋が笑えば、釣られる様に亮も笑う。




更に闇へ闇へと深まる世界。2人の存在はそんな闇へと近く、其処で会話する姿を肉眼で捉える事は出来ない。

ピタリと風が止む。空へと近づきもう少しで手が届きそうなそれ、ゆっくりゆっくりと飛ばされた葉から離れていく。
引き寄せられる様に左右に揺れて落ちる先には、奈落の底の様に足場が無い暗闇だった。



















100617

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