謳えない鹿 | ナノ








「しかし、本当に驚いたな」


隣に歩く彼の言葉に彼女、桜はふふ。と笑うだけである。
その仕草すら完璧でありどこからどう見ても、1人の女性だ。2人は渡廊下を渡り、校門と校舎の二手に別れる廊下で校舎行きの道へと向かった。

「僕が亮君の相方さんになるなんて考えてもいなかったよ」

『僕も手紙を開いた時にはビックリしました。まさか、同学年の方では無く小松田さんだったとはと…でも、逆に小松田さんと組んで上手くいきましたよ』

纏う雰囲気はあくまでも桜のままである。
しかし、クスリと笑うその仕草は編入生である亮そのものでしか無かった。口元に当てる手も、先ほどとうって変わっての声質。透明感のあった声はいつもの亮の元へと戻され、その一部始終をみているものがいたとすれば酷く驚くに違いない。それほど迄に亮と桜には差があったと言う事だ。

遠くの空へと昇るのは一本の狼煙。橙色に染まり始めたその世界は夕刻であり、自身の教室へと戻る合図だと告げていた。

桜と名乗った彼女は亮本人である。
今回の課題実習内容は六年生から「逃げのびる」事。勿論、それを聞いた者は身を潜め狼煙が上がるまで気配を絶たなければならないと思いがちだ。先生は使用武器制限と学園内とは指定した。されど、逃げ延びる方法は「これ」とは言っては居ない。
つまり、どんな方法でも構わないと言う意味が含まれているのだ。それが、「隠れる方法は問わない」だ。

そして、其処で考えたのが変装する事だと亮は考えた。
まだ、この学園に入って日も片手で数えきれる位の日数しか経っていない為、最上級生である六年生と会話らしい会話はまだした事は無かった。されど、「三年からの飛び級編入生」と言う噂は上級生下級生問わずに広まった様子で、亮がひとたび廊下へと出ればどこからともなく視線を感じては居た。

念には念を。いくら最上級生と関わりを持ってはいなくとも、一方的に向こうが知っている可能性がある。ならば、まだ誰にも見せては居ない変装で。と言うのが今回亮が練った作戦だ。

現に一度会っている筈の六年生の彼でさえ亮だとは気が付かなかった様子。
隣を歩く小松田さんは嬉しいのが、ウキウキとした雰囲気を身に纏っていた。

後は、小松田さんと自身の教室へと向かうのみ。

そう考えていた矢先だった。
遠くからバタバタとやってくる振動が、床を伝いそれに気付いた亮は足を止めた。それに釣られるかの様に小松田さんも止まり、どうしたの?なんて聞いて来るものだから気が付かないのかな?なんて亮は思った。


バタバタとやってくるその振動は止まない。
それか確実に此方へとやってくる様子に、バレたみたいですね。なんて呑気に言えば小松田さんは驚きの声を上げた。




「見つけたぞ!亮!!」




同調するかの様に現れた文次郎に、小松田さんは悲鳴を上げた。
うわぁぁ!潮江君にバレたよ!!と慌てふためく小松田さんだが、隣に居る亮はそのまま文次郎から視線を外さずに立っているだけだった。



『可笑しいですね。先ほど迄は完璧でしたのに』


どこで失敗したのでしょうか?と考える姿は未だに桜と名乗ったままの状態。
しかし、声質はガラリと変わって居り文次郎は驚くも顔には出さずに2人を睨みつけるだけである。


「お前が亮だったとはな」

女装をしているのだとそれは理解出来る。
考えもしなかった。女装をし身を隠している事も、相方となる相手が同学年の生徒ではなく小松田さんだった事を。しかし、あらゆる場合を想定し手段を考えて居なかった自身にも非はある。其処を上手く突かれた文次郎は悔しそうな顔付きであった。

『以前はちゃんとごあいさつが出来ずに申し訳有りません。この様な格好で失礼します。僕は五年は組に編入致しました摩利支天亮次ノ介と言います』

と、言う。しかし本来であれば此処での雰囲気には似つかない自己紹介。未だに小松田さんは慌てふためき、一方の亮は小さく笑っているだけである。
以前?亮はそう言うが、全く思い浮かばない。会った事がある?しかし、今は再試験中だ。関係ない。

マイペースなのか只の天然なのか。
しかし今此処で彼を逃がすわけには行かない。

文次郎一直線に伸びる廊下を一気に駆け抜けた。








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