謳えない鹿 | ナノ



茂みに潜んだ私の目の前を2人の五年を脇に挟んで歩く六年生の姿が横切った。
五年は酷くズタボロで縄で手を拘束されて居るらしく、抵抗と言える事が一切出来ない状態。しかしそれとはうって変わって、六年生はどこか嬉しそうに口元を緩めながら、軽い足取りで歩くのだからあの2人のうちどちらかが捕まって合格と言ってしまったのだろう。

私は歩き去っていく六年生の背中を見送り周辺を見渡す。上手く絶たれている気配を探り、人が潜んでいない事を確認した。
そして、少し離れた相方へと合図を送れば、彼は小さく頷き少し離れた茂みへと移る。すると、茂みの奥からの合図で私もそこから抜け出し瞬時に近くの木の上へと飛び移った。

高い位置より辺りを見渡せば、チラホラと遠くで五年生と六年生が対立している場面が見受けられる。だけど、その中には1人でポツンと立つ六年生は居らず、未だに五年生をさがす様な仕草をする人物は居なかった。

すると、微かな声で兵助。と言う私の名前を呼ぶろ組の奴へと大丈夫だ。とサインを送る。
私とろ組のコイツ、井村と組んでは一歩一歩慎重に交互に進んでは移動していた。私たちの作戦は一カ所に留まらずある程度進んでは休む。といったもの。
この学園には絡繰り仕掛けの隠れ部屋がいくつも存在している。五年の中には其処で息を潜めると言う作戦を考えたものも居たが、ものの見事に見つかった結果六年生に捕まると言うものだった。

私達も初めは隠し通路をぐるぐる回って夕刻時まで逃げ切る予定を立てたが、一年上の先輩が通路の出口を知らない訳が無い。
出た途端に捕まると言う、情けない格好で捕まりたくないと考えた結果が移動しながら身を潜める事だった。

よく考えればターゲットとなる私達が、移動し続ける六年生と一緒に動くと言う事は出会い頭と言うリスクを伴う確率が酷く高い。
だけど、特定の位置にずっと居ては自身を捕まえに来る筈ではない先輩に会う度に、捕まるのでは無いかと言う緊張感に脅えていなければならない。ならば、自身達の目で六年生を確認し、懐と言っても過言ではない六年生達が行き交うその中で隠れれば問題は無いと言う。勿論、それなりの危険性も有るが2人で辺りを警戒し、移動すれば怖いものなんて無い。

それに、今回のこの実習はそれなりの単位を貰えると言う話を聞いている。基本的に六年生とタイマンの勝負による試験ならば、座学2つ分の単位。しかし今回は2人でのペアであるのにも関わらず同等の単位を貰えるらしい。
単位はこの学園に居る限りは必要不可欠なものだ。この時期に行われる授業はどんどんと難しくなる一方。単位を落とすまいと必死になる。
だから私達も必死にしがみつく方法をいろいろと考えるのだ。

今回の課題も単位が多く貰えると言う噂を聞いた奴らは、躍起になっていたりする。
だけど、私達はあくまでもいつもとおりにするのだ。変に気構える必要なんてない。

そんな事を考えていた時だ。ザッと地面を踏みしめる音を耳が拾う。


「「!」」


私は枝の間へと隠れ井村は姿勢を更に低くするのが見えた。


息を殺して、其処には何もないかの様に装う。
それでもザッザッと此方へと向かってくる足音は確かに六年生のもので、心臓がバクバク言っているのが酷く耳障りだった。
しかし、それでも私達はちゃんと念入りの計画を立ててきた。どちらかが木の上、屋根裏等といった場合の想定をいくつも頭の中に叩き込んで、そういった場合は互いにそして相手がどう出るかも決めている。
此処で慌てて逃げては姿を現すヘマはしない。

だから慎重に……。

そう自分へと言い聞かせても、胸は未だに早い鼓動を繰り返す。
早く通り過ぎろ。
そんな事を願う。だけど、そんな私達の願いを打ち消すかの様に、その六年生はピタリと止まる。
同時に私達の息も止まったかの様な感覚に襲われる。イヤな汗が背中に湧き出し、そろそろと静かに流れ肌を逆撫でして気持ち悪かった。

先輩がどうでるか?
それにより、自分達の行動パターンが変わる。
自分の位置からでは相手の六年生が一体だれなのか分からない。だからと言って、此処で顔をだす様な真似はしない。

しかし、未だに先輩は其処にいる。
此方からは手は出せない。先輩から動かなければ私達は動けない。
どうでる?
此方から先手をうつべきか…。だが、それでは私達2人で考えた作戦が意味を無くす。

焦りが私の精神をギリギリまで追い込んでいく。相方の井村までもがどこか固い雰囲気をまとっている。
緊迫とした空気が私達を纏う。


だが……





「何だ……久々知か」

「え?!」








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