謳えない鹿 | ナノ












「あ、伊作君だ」







どこか抜けた声で私の名前を呼んだ存在に、普通に驚いた。
あれ?!私は直ぐに廊下に出ては部屋の柱近くに掛けられている小さな板へと視線を向けては更に驚く。そんな私へと、どうしたの〜?と呑気な声により、思考が飛びそうなったそれはなんとか現実へと戻って来た。


「こ…小松田さん?!」

「そうだけど?」


其処は事務員である小松田さんが居る事務室だった。私はいつの間にか事務室近くを歩いていた事に今気付く。
其処に居たのは小松田さん。彼は様々な事務をする仕事でこの学園に居る。
小松田さんは持っていたお茶を机の上に置いては、どこかのんびりとした表情で居た。

先ほどのあの声、もしかして小松田さんが?と言う考えが脳裏をよぎるも、忍者に不向きだと言われている小松田さんがあんな透明感を含んだ声を出せる訳が無い。
だけど、あの特徴的な声はこの部屋からしたのは確かであって、他の場所からはそれらしきものは無い。
あれ?あれ?

もしかして、自分の空耳?でも、こんな再試験中に?
分からない。さっぱりだと混乱し始めた頭の中。
もしかして、私は末期なのだろうか?そんな事まで考えだした時である。
また、あのクスクスと囁く声が、自身のすぐ近くから上がった事に目を見開いてしまった。
え?!と驚いた私に小松田さんは、そういえば紹介してなかったね!とふにゃりと彼、特有の笑顔を浮かべた。

小松田さんの向けられた視線の先は、私のすぐ近くへと行く。視線を追った先に居たのは一人の女性の姿。

小松田さんと向かう形で座っている彼女は、女性らしい座り方で足を崩す人物。足が崩れているせいか着物の間から僅かに覗く白い肌が酷く魅力的だった。

彼女は私に気が付いては宜しければどうぞ。と隣へと促した。
流れる様なその動作は本当に綺麗で居て、艶を含んでいる。無意識に視線を追ってしまう自分が凄く恥ずかしい。

私は彼女に促されては隣へと腰掛けるも、良く分からなく何故か体がガチガチで言う事を聞かない。特に足あたりが。


「ごめんなさい。こんなはしたない格好で」


小松田さんとお話をして居ましたら、足が痺れてしまいまして。
と申し訳なさそうに言う彼女に、私は全然構いませんよ!と意味変わらずに手を振ってしまう。

そんな私へと有り難う。と流行りの紅をつけた唇が緩やかに笑みを浮かべた時、ドクンと変な脈が打つ。
それを膝の上で作る拳でギュッと紛らわせ、私は彼女へと視線を合わせた。


「六年は組の善法寺伊作と言います」

「お初目にかかります。私は……」


澄んだ声は丁度良くてそのまま耳を傾けて居たくなる。彼女は小さく一拍置いては整った唇をまた笑みで満たしては桜と申します。と紡いでくれた。

白いと思われたその長い髪は部屋に差し込む朝日により、銀色へと色変わりし更なる輝きを醸し出す。
長い髪を結う様に大人に似合う花の簪で止められ、僅かに覗く項(うなじ)が女性の秘めた魅力を更に咲き誇らせる。

女性でしかも白い髪の毛なんて、珍しいと思ったけど彼女には酷く似合って居り違和感の一つも感じられない。
むしろそれすら彼女らしい。とどこかで思えてしまうから不思議である。

着ている着物は派手でも地味でも無く、丁度が良い。

顔は整っているものの流す様に垂れた前髪が目を僅かに隠して居り、目尻まではっきりとは見る事は出来ない。もう片方の目も流す前髪の毛先を耳へとかけるが、やはりくっきりとした目は見れはしなかった。

でも、どこか秘めている様な雰囲気を醸し出す彼女にはぴったりである。



「彼女はね、実は学園長に用事があったらしいんだけど、外出中でね」

「それで、お戻りになられる迄小松田さんとお話する事になりましたの」

小松田さんのお話は面白くて、全然飽きませんわ。

クスクスと笑う彼女の声はやっぱり、先ほど廊下で聞いた声そのものであり彼女だったのだと理解すれば、澄んだ声が本当に似合っているな。と頭のどこかで思ってしまう。
こんな時に学園長は一体どこに出かけたのだろうか?
亮さんが来ていると言うのに。でも、逆にそのお陰で私は彼女と話す機会ができたのだから何だか運が良い感じがした。
そういえばと、ふとした疑問が浮かび上がる。
いつもこの時間帯になると、小松田さんは校門前の掃除をしては朝の鍛錬で野外へと出ている生徒達からサインを貰っている筈だ。
だけど、今の彼には此処から動こうとはせず、桜さんとお茶している。


「小松田さん、事務の仕事は?」

「吉野先生に彼女の事を伝えたら、学園長がお戻りになる迄私が桜さんのお話相手になりなさいとの事でして」


なるほど。それで小松田さんと桜さんが一緒に居る訳だ。
と言う事は、彼女は学園長先生が戻られる迄は小松田さんと居ると言う事になるのだろう。
しかし、小松田さんは稀に人を巻き込んで惨事を起こす時がある。そう考えれば桜さんは、小松田さんと一緒にいて大丈夫だろうかと心配になってしまう。


「あれ?そういえば、善法寺君は何でまたこんな朝に?」


小松田さんの台詞で私はハッと再試験の事を思い出した。


「そうだ!竹谷を探さないと!!」


こんな所で話をしているバヤイでは無い事を思い出す。今は再試験の真っ最中、私は急いで立ち上がる。

しかし、無意識に足が止まる。





せっかく、桜さんと知り合いになれたと言うのに……。そんな言葉が湧き上がる脳裏に、私は一体何を考えて居るんだ?今は再試験中だろうが。と言い聞かせ小松田さんと桜さんに向き直っては軽く一礼した。


「すみません、私は此で」


小松田さんはよく分からないけど……と疑問符を浮かべてはじゃあね。と言ってくれた。
桜さんはキョトンとするも、また、善法寺さん。と秘めた様な艶のある笑みを浮かべてくれた。


私は襖を閉じる前にもう一度一礼し、ソッと音をたてない様に閉めた。






廊下に出た私はただ1人で、じっと意味も無くその場に立ち尽くす。
早朝だった時間帯からいつの間にか日は高く登り、午前の授業を行う時間へと成り代わる。





「よし!」










私は人気の無い廊下を走り抜ける。
遠くでカチンカチンと擦れる音を耳で広いながら、私は捕縛する相手である竹谷を探しに向かった。














100614

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