早朝。
再試験を受ける事になった六年生は校門前に集合となって居た。
まだ眠い奴も居るらしく、あちらこちらでは寝たいやら何やら文句を言いながら欠伸をする姿に、貴様等は本当に最上級生か?と問いただしたくなる。
日がまだ登らないものの、遠くの空を橙色に染めているそこには直に太陽が昇ってくるに違いない。
いろはの三組混ざっての再試験。その内容をまだ聞かされていない為、未だにそわそわしている奴だって居る。
仙蔵は相変わらず悠然と腕を組んで居り、寝起きとは思えない位にすっきりとした顔付きだ。何故そんなに寝起きが良いのか?そんな疑問を抱きながらじっと仙蔵を眺めて居れば、気持ち悪い目で私を見るな。反吐が出る。
と視線だけで、俺へと言葉を投げ捨てる。
何でコイツはこう言った言葉しか言えないのか?肺の中にたまった空気を吐き出し、ろ組へと視線を向けた。
まだ全員が集まっていないらしくガヤガヤと会話を交わすろ組は、マイペースだ。
すると、その中にブンブンと腕を振り回し明らかにやる気を見せつける存在に、元気な奴だな。と小さくつぶやく。朝からだと言うのにも、そいつ、小平太は此方まで聞こえる位の声で何だか楽しみだな!と賑やかに笑っていた。
もしかしたら、集合場所が校門前にと指定された時、座学より実技に自信のある小平太にして見ればどこかへと外出し、実技となる再試験内容となるのでは?と考えたに違いない。
ああ、だからあんな元気なのかと思う。
そして、その隣には何も言わずにただジッと立っている長身の存在、長次なのだと遠目からでも分かった。あの2人は同室と言う事もあり、よく2人で行動して居るのを見ている。
すると、あまりにもはしゃぐ小平太に、長次が首根っこを掴んだと思えば少しだけ足元が浮く。
何やら会話を交わし僅かに唇が動く長次へと、小平太が頬を膨らませては抗議する姿が其処にあった。
ろ組から次にと視線が向けられた先。其処には阿呆のは組。
は組の奴らはまだ眠いのか欠伸をしたり、それを噛みしめては涙目になったりと様々だ。中には制服をちゃんと着ていない者や裏表逆に着ている奴まで居るのだから、これで同じ六年だと思うと恥ずかしい。
は組の集団から少し離れた場所。其処にあの2人が会話をする姿を発見した。
何やらいつもの不運で伊作は四年の蛸壺に落ちていた様子。
そもそもなぜ伊作はあの蛸壺に落ちるのか不思議でならない。ちゃんと蛸壺があると言う目印を付けているのにも関わらず毎回毎回落ちては居る。そして、どうやら今回は留三郎が巻き込まれたらしい。
助けようと手を伸ばした所で、伊作の不運に憑かれたのか蛸壺の中へと落ちていった姿が可笑しく、指を指して笑い飛ばしてやりたくなった。
蛸壺の中から2人一緒に出てきた瞬間に、留三郎と視線が合った。
俺は、バーカと言ってやれば、何だと?とムキになって蛸壺から出て来やがる。
何だやるのか?!
仙蔵による足蹴と言う最悪な目覚め方に、未だにむしゃくしゃしていたせいもあってか俺は留三郎へと掴みに掛かろうとする。しかし、隣に立っていた仙蔵に後頭部を叩かれては「やめんか」と言われてしまう。そして、「少しは学習しないのか貴様等は」と溜め息をつかれる。
仙蔵、てめぇ…と出かけた台詞は先生の言葉によってかき消された。
「今回の再試験内容は指定された特定人物を捕縛する事だ」
同時に六年生の中にざわついきが広がった。それを制する先生の声が更に張り上がった。
「お前達には一枚の紙が渡される。その中に自分が捕縛する相手の名前が書かれている」
すると、近くのクラスメートの奴からいくつかの紙の束を渡される。俺はその束をパラパラと捲れば、自分の名前が書かれているものを抜き出し仙蔵へと渡す。仙蔵も同様に自分のを抜いては近くの奴へと渡していく。
「相手は2人一組で行動。後の一人を確実に捕縛すると、ある言葉を言う。そうしたら合格。合格した奴は捕縛した奴を連れグランドに集合」
但し!いきなり力の込められたその台詞にびくりと肩を揺らす奴が居る。
「此方は使用武器はクナイ、煙玉の2つのみ。捕縛する相手では無い相手を捕まえても意味は無いから間違えるなよ?
骨折や打撲は構わないがそれ以上の深い致命傷は与えるな。そして六年2人で組む事は反則負けで再試験は落ちると思え!」
時間帯は今から夕刻まで。その間までに相手を捕縛した者が、再試験合格者だ。
相手は学園内に居る。くまなく探す事だ!
先生はそれだけを言い残しては俺達の目の前から姿を消した。
残されたのは一枚の紙を持つ六年だけ。しかし、ずっと唖然としている訳に行かずに、俺は一つに折り畳まれていた紙を開いた。
「…………は?」
すると、いろは組のあちらこちらからえ?!嘘?!と驚きの声が上がっていくのが分かる。
俺は仙蔵へと視線を向ければ、口端を歪めてはニヤリと笑っていた。
「今回はこう言った内容らしいな……」
「しかし、あれだけの説明では……」
「仙蔵!文次郎!」
パタパタと走ってやって来たその存在はろ組の小平太。そしてその背を追うように歩いてくる長次にも俺と仙蔵は気が付いた。
同時には組の2人も集まって来ては、俺達六人は顔を見合わせる。
「仙蔵!相手は誰だった?!」
キラキラとした眼差しで仙蔵を見る小平太に、仕方ないと言った様子で紙を皆へと見せれば、やはり見覚えのある人物の名前が其処に書かれていた。
「仙蔵は久々知か!」
「私は尾浜だ!」
ほら!と紙を見せつける小平太。確かに其処には五年い組の尾浜の名前がある。
つまり、今回は紙に書かれている五年を夕刻時迄に捕まえグランドまで連れて行かなければならない。
一見見た目は簡単そうに見える。が、これが狙いなのだろう。以前の卒業に関わると言われていた試験を行って居たが、今回と同様に生ぬるい内容だと油断していた。
その油断が以前の失敗。先生は相手が誰とは言わず捕縛しろとしか言っていない。そして、紙を開けば一つ下である五年生の名前が其処にかかれる。
他の六年の連中を見れば先生の言葉の深い意味を理解した者、そうでは無いものそれぞれみたい。
いくら、一つ下の後輩と言えど、今年の五年生は実力、能力が高いと言われている。
油断していると、こちらが足元をすくわれると言う事を意味している。
ろ組とは組の4人は自身が捕縛する五年の名前を上げていく、やはりどれも知っている名前ではあるが俺はただジッと手元にある紙を睨みつけるしかない。
そんな様子に伊作が気が付き、どうしたの?文次郎?と言う台詞により、みんなの視線を一気に集めた。
俺はもう一度紙を読み返すも、その人物の顔が脳裏に全く浮かばない。もしかして、影が薄い五年生か?しかし、いろはの五年は一通り記憶している筈だが……
「貸せ」
「てめぇ!仙蔵!!」
ヒョイと俺が持って居た紙を取り上げた仙蔵は先ほどから何だ気持ち悪い。と吐き捨てては紙へと視線を這わせる。
同時に、眉間に皺が寄るのが分かった。
「誰だ?」
「お前も知らないか……」
と、なると、先生方のミスだろうか?
見せて見せてと見たがる小平太に渡しても知らないな。と答える始末。
ああ、さっさと先生を見つけては……
歩き出そうとした時だ。伊作があれ?と疑問符を浮かべる言葉を零した。そして、続け様に長次までもが知っている。と言うものだから俺は驚く。
「知っているのか?」
「うん、この子は五年生だよ」
「しかし、私は知らないぞ?」
「この五年生、……最近編入して来た………」
「編入生か……そういや、委員会の後輩がそれっぽい話はして居たが……」
此処に名前を書かれている五年生。そいつは確かにいるらしいが、最悪な事に俺はこの五年を知らない。
舌打ちしながらどうするべきかと考えていると、伊作は大丈夫だよ。と俺へと言葉をかける。
「何が大丈夫だ。根拠は無いだろう?」
「あるよ。彼ねタカ丸みたいに目立つ特徴が有るから……」
特徴?
何故か小平太が首を傾げれば、隣にいた長次が俺へと呟いた。
「桜色の長髪。……亮の特長」
校門前に居た六年生。
それは俺達六人しか居らず、先ほどとはうってかわって酷く殺風景な景色が広がって居た。
了
100613
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