謳えない鹿 | ナノ



丑三つ時を過ぎた時間帯。
大人すら恐怖するこの深い闇を照らす筈の淡い月は、照らす事無く厚い雲の奥へと隠れてしまう。
風に煽られては流されてくる雲の色はどこか黒ずんで居り、水気を多く含む雨雲なのだと理解出来る。
明日は六年生による再試験日。
詳しい内容そして詳細を聞かされていない六年生は、午前の授業からアタフタと酷く慌ただしい。そんな傍ら同室者である仙蔵は黙々とクナイを磨いており、相変わらず落ち着い居るな。と言ってやれば、私は優秀だからな。実技だろうが座学だろうが落ちる事は無い。とピシャリと言い退けた。
確か仙蔵も再試験内容を知らない筈。なのにも関わらずこの余裕っぷりに逆に呆れてくる。

本来ならばこの時間帯には会計委員会としての仕事を行っているのだが、明日の再試験の為、急遽全委員会はお休みとなった。
流石に下級生達だけでは委員会を行う事が出来ない為、学園長からの提案で今回はこう成らざる終えなくなる。

そもそも、六年生全体に近い割合で再試験とは本来恥じるべき事なのだと俺は思う。
いくら、他校の卒業試験の相手されたとは言え、かなりの数の六年生が再試験を受ける羽目になった。勿論中には無事に合格した奴も居たが酷い怪我を負っては、しばらく休みと言う形を取っている。
話を聞いた限りでは奪われた密書を取り返そうと深追いし、返り討ちにあったのだと言う。しかし逆に密書を奪い返す事が出来たらしい。

勿論、奪い返しに向かった奴も居るが、ボコボコに返り討ちにあったやつも居る。
そんな奴らが多い中。俺達が追った傷はまだマシな方なのだろう。


会計室の書類を軽く整頓した後に廊下を歩いていた。どこか湿った空気が俺の肌を刺激し、雨が降るのだろうと分かる。

明日の為にと他の六年は早々と就寝。なにせ明日は朝早くから再試験が開始されると言う。
俺もさっさと部屋に戻り、寝なければならない。

冷えた廊下を踏みながら、六年長屋へと向かう。

途中だった。











「…っ……れで……、……これを」

「(!)」

直ぐに足を止めた俺は息を潜む。
暗闇の中、長屋と教室へと二手に別れる廊下の前に人の影が見えた。先ほどの声は明らかに女特有の高い声であり、くのたまなのだと理解出来る。そんなくのたまの向かいにいる奴。
気配と言える物を感じられない為、初めはくのたまが一言を言っているのだと勘違いしてしまいそうになる。しかし、わずかに見える装束の袴色からして、五年生だと分かるのに少し時間がかかった。

俺の位置から見えるのはくのたまと向かいに居る五年の足元だけ。
相手の五年の顔を見ることは出来なかった。


「明日、大変だろうって思って……」

それで……。小さくなっていく語尾。その雰囲気からしてどうやら三禁と言える一つに引っかかって居るみたいだ。

何だってこんな場面に遭遇したのか。
こんな時間帯は皆寝ている筈だと言うのにも関わらずだ。しかも、知らない奴のそう言った場面に鉢合わせしてしまった。

まさか、伊作の不運が移ったか?

眉間に皺がよったのがわかった。


『しかし、僕は……』


しかし、相手の五年はどこか困ったような様子。
だが、その様子が焦れったいのか、くのたまは受け取って。と無理やり渡してはお休みなさい!先輩!
と言葉を残しパタパタと長屋へ向かう廊下へと走って行った。

走り去っていったくのたまへと、え!ちょっ……等と唖然としている。


「…………」


俺はただその場に留まるしか無い。
此処で出てもお互いが気まずいだけにしかならない。実際は何が有ったかは分からないが、そう言った雰囲気がこちらまで只漏れである。


すると、その五年は小さく溜め息を吐いては、くのたまと同様に長屋へと歩いて行った。


「………」


気配の欠片すら無いその五年生。俺は足音を立てる事無く静かに廊下へと出る。

暗闇の中へと消えていく五年生。
周辺を埋め尽くす黒一色の世界の中、その五年生の後ろ姿をこの目に映す事は出来なかった。
僅かに微かに見えたのは背中に何かを背負う姿だけだった。












100612

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