謳えない鹿 | ナノ



見慣れた校舎。

此処は確か、校門近くで有りこの先の道を真っ直ぐ行った後に右へと曲がれば確実に会計室に到着する!ああ!そうに違いない!
俺は隣に居る団蔵へと行くぞ!と手を引いては走り出そうとしたが、先輩!そっちは六年生の長屋です!と腰元にしがみつかれてしまい、一歩を踏み出す事が出来ずにその場に立ち止まる。

「あれ?」

「もう、しっかりして下さいよ!」

ほら、あっちですよ!と団蔵に手を引かれる。おかしなと思いながら、瞬時に脳裏を掠めた道筋が示され、俺は何だあっちだったか!と手を繋ぐ団蔵と一緒に向かうも、逆です先輩!其方は学園長の庵です!と声を荒げた。
何を言っているんだ団蔵?あの廊下を左に曲がり一直線に行けば会計室に無事に行ける!四年生が掘った蛸壺に落ちる事無く。くのいち達が悪戯で仕掛けた罠にハマる事も無い。
ほら、行くぞ!だからそっちじゃなくて!

引きずるように団蔵を連れて行こうとした時だ。
視界の隅で薄桜が揺らめいた。だけど、この時期に桜なんて季節外れだ。
となれば?
僕はすぐさま振り向けば尻尾の様な長い髪を揺らしながら、歩く背中に胸が高まった。

思い出すのは先日、学園内を走っていた僕へと声をかけてくれた先輩だ。あの時は本当に助かった。僕はあの時の先輩にちゃんと御礼を言いたいと、ずっと思っていた。

こちらに向けるのは背中だけ。だけど、薄桜色と言う特徴的な五年生の制服を着るのはあの人しか居ない。三年もこの学園に居て今まで知りませんでしたなんて事は無い。何せあの五年生は、四年生のタカ丸さんみたいに目立つ髪をもつのだから。

しかし、僕はあの先輩の名前を知らない。
先輩は田村先輩と合流した僕達に、失礼します。とだけ言っては長屋へと戻って行ってしまった。
思い出せば、僕は先輩をどう呼び止めようか迷ってしまう。
早くしなければ先輩はどこかへと向かってしまう。だからと言って、今走り出しては無理な体勢で居る団蔵が足を捻ったりと、怪我をしてしまう。

どうすれば良い?


混乱する脳内の中でハタリと浮かんだそれ。僕は咄嗟にそれを口にした。


「桜先輩!!」

ドタン!

僕は先輩を見て思いついた花の名前を言葉にした。だけど、それと同時に盛大に前へと転けた存在がまさのその先輩だったとは思いもよらなかった。先輩はあたたた。と、起き上げては僕と団蔵の方へと振り向く。そして、地面に座ったままの状態であのどこか安心する笑みを浮かべて、パタパタと手を振ってくれた。

隣に居る団蔵は目を丸くするが、僕は嬉しくて先輩へと走り寄った。

その間、先輩は静かに立ち上がり制服についた土を払い、背中に背負っていた荷物を抱え直している。


走り寄った僕は先輩のすぐ真正面に立てば、彼はこんにちは。と何事も無かったかの様に挨拶してきてくれた。だけど、先輩を転ばせてしまった原因である僕は、すみません!とすぐさま頭を下げた。

自分で先輩を呼び止めておいて何だこの会話は?全然会話のキャッチボールがなって居ない。


「僕が変な名前で呼んでしまって……」


先輩を見て第一に思い浮かんだのが、その花だった。暖かな雰囲気を纏う先輩に、その花が酷く似合っておりつい言葉にしてしまった。先輩もきっとそれに驚いては転んでしまったのだろう。
でも、先輩はあの時みたいに口元に手をあて、お淑やかに構いませんよ。と笑うのだから何故か心がホッとする。


「僕、先日の御礼を言いたくて!」

ちゃんとありがとうございます。と言えなかった今までの間、胸にシコリができたかの様にどこか居心地が悪かった。
授業に中々集中出来なかったし、座学の時間なんて先生に注意されっ放し。本当は五年生の教室に言って直接御礼を言おうとしたが、作兵衛が今度連れて行ってやるから今は我慢しろ!と言い張り結局は行けずじまいだった。

だから、僕のせいで先輩が転んでしまったと言う結果になったが、ちゃんと会う事が出来た僕としては凄い嬉しかったりする。

やっぱり五年生は背が高い。
僕は潮江先輩を見上げる時と似ている角度で、先輩を見上げる。ちょっとだけ首が痛いが、六年生よりも目の前の先輩の背丈が少し低くて助かった。


「ありがとうございます!先輩!」


もう一度、深々と礼をすれば先輩はクスクス笑っては、どう致しまして。と返してくれた。

ああ。やっぱりこの先輩の雰囲気は花の様だ。男である忍たまに花が似合うなんて可笑しいかも知れないけど、この先輩になら何の花でも似合ってしまいそうだ。
おろされた前髪で目をはっきりと見れないのが残念な気がするも、口元に浮かべる笑みは安らぐ何かを感じる。



すると、僕の袖を引っ張る感覚に、思考が其方へと向けられる。僕は後ろへと振り向けばじっと見上げたり、稀に背中越しでチラチラと五年生の先輩を伺っているのに気が付いた。


「神崎先輩の知り合いですか?」

「まぁ、ちょっとだけな」



流石に、夜の校舎内をさまよっていた所を見つけてくれたなんて言えはしない。とりあえず、以前、お世話になったんだ。とだけ伝えれば、へー。とまたチラチラと先輩へと視線を向けていた。

すると、先輩は団蔵の視線に気が付いては、静かにその場にしゃがみ込んだ。背の高い先輩は丁度団蔵と同じ視線となり、はじめまして。と声をかける。


『編入生で五年は組に入りました、摩利支天亮次ノ介と言います』

「っと、一年は組の加藤団蔵です」

『宜しくお願いしますね、加藤さん』

「!」

まさか、上級生にさん付けで呼ばれるとは想わなかった団蔵だが、亮先輩の雰囲気に飲まれたらしくえへへ。と照れた様に笑っていた。
僕も亮先輩と同じ視線に合わせるべく、しゃがみ込んではニッカリと笑った。


「三年ろ組神崎左門です!」

『宜しくお願いします。神崎さん』

「えっと…摩利支天先輩?」

『亮って呼んで下さい』

「じゃ!亮先輩!!」


僕と亮先輩がしゃがみ込んだ事に釣られてか、団蔵までもがしゃがんでしまった。だけど、後輩と先輩と一緒にこう言ったちょっと可笑しい視線で話をする事が何だか面白くて、僕は立ち上がる事をしようとは思わない。
ワクワクと言った一年生ならではの好奇心を顔に浮かべては、団蔵は楽しそうに言葉を紡いだ。



「亮先輩は、馬術得意ですか?」





















「微笑ましいと思わない?」

そんな言葉を投げられた俺は、何が?とは聞かずにそいつが窓際から眺める先に、身を乗り出して視線を下へと落とせば忍たま三人が校門近くにしゃがみ込んでは何やら会話を交わしていた様だ。
立っているのでは無く何故かしゃがみ込ん会話に花を咲かす風景は穏やかで、それを見つめるこちらまでついつい口元が綻んでしまう。

他の二人は見た事が有るが、もう一人の五年生の制服を着ている奴を俺は見た事がない。だけど、三人を包み込む空気は暖かくてその五年生に警戒を抱くに値しない。
本当はもっと眺めていたいが、明日の再試験にそなえバタバタしている俺達にはそんな余裕は無かった。

再試験内容は未だに知らされていないが、試験当日である明日の明朝に俺達へと手紙が渡されるらしい。それ以外を知らない俺達は予習やら武器の手入れやらで六年生全体がてんやわんや状態。かく言う俺だってもしかしたら明日は筆記かも知れない、いや逆に実技類なのでは?とどちらに手をつけて良いのかわからない。

「そんな事していると、明日の再試験落とすぞ伊作」

「うん。分かっているけどさ、偶には癒やしは必要だと僕は思うんだ」

特に今みたいな状態にね。

苦笑いする伊作に釣れられて、俺もついつい確かにな。と苦笑した。

















100610

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