「ほら、A定食!」
『ありがとうございます。平さん』
「滝、滝、私のは?」
「お前も私と亮と同じA定食だ!文句があるのなら、自分で頼め!」
そう言って、喜八郎へと押しつけては、彼はやっと自身の朝ご飯を手に持つ事が出来た。
さて、どこの席に座るべきか…
空いている席を探していると、後ろの方から朝ご飯お揃いですね、綾部さん。そうだね、亮。と何とも言えないマイペースな会話が耳へと入り込み、滝夜叉丸はため息を付いた。
朝食を取るために眠気で頭が回らない喜八郎を引きずる形で食堂へと向かっていた時だ。
上級生の長屋近くを通った時に引きずる喜八郎に止められ、食堂とは反対側の先へと伸びる廊下にと視線を向ければ其処にはつい最近見慣れた薄桜色が瞳へと映り込んだ。
始めは何をやって居るんだろうと疑問に思っていれば、寝ぼけていた喜八郎はすぐさま彼の元へと走り出した。
彼へと声をかけようとした瞬間に長く伸びた薄桜色の尻尾を引っ張られ『ぐえ』と何とも言えない悲鳴に、朝から何をして居るんだと眉間を寄せた。
髪を引っ張られる形で喜八郎へと振り向いた彼は、相変わらず笑みを絶やす事無く彼と幾つか会話を交わしては自身に気が付き、喜八郎に引っ張られる形でやってきた。
朝の挨拶を交わし、朝食をもう取ったのか?と問えば、彼はぽかんとしては忘れてました。と予想して居なかった答えが返って来る。
彼も喜八郎同様に朝が苦手な体質なのだろう、ふにゃりと笑うその抜けた笑みはいつも浮かべる笑顔とは違って居た。
朝食をちゃんと取って居ないから、きっと頭が回らないのだろう。彼の髪を掴む喜八郎とどこかふにゃふにゃした空気を纏う亮を連れては、彼は食堂へと向かいて今に居たる訳だ。
空いている席は無いかと食堂内を見渡せば、見知った背中が滝夜叉丸の瞳に映り込む。
滝夜叉丸は定食を手に持ち、2人を促しながらその席へと腰掛ければ既に朝食を取っていた相手に軽く睨み付けられた。
「他の席があるだろう」
「一人で寂しそうに食べるお前の為に、わざわざこの私が同席してやろうとして居るのだ。有り難く思え」
「誰がお前なんかに!」
と直ぐに喧嘩が始まりそうな空気の中。相手の視界の隅に存在する人物に、ふと彼は視線を向けた。
其処に立っていたのは頭がグラグラさせては目を瞑る喜八郎。と、昨晩であったばかりのあの五年生の姿だった。彼はえ?!と驚きの声を上げるが、滝夜叉丸は2人を取り敢えず座らせては、自身も腰を落ち着かせた。
未だになぜ昨晩の五年生が居るのかと混乱する姿に、滝夜叉丸は仕方ない奴だな。と溜め息をついた。
「亮、紹介するよ。コイツは四年ろ組の田村三木ヱ門だ。で、こっちは五年生の亮。」
と軽く互いの紹介をした滝夜叉丸は、向かい席で味噌汁を今にもこぼしそうな持ち方をしていた為、すぐさま注意へと入った。
『亮と言いますよろしくお願い致します』
「えっと、田村三木ヱ門です。昨日は三年の後輩を連れてきてくれて有難うございます。それからお手数をおかけしました」
『いえいえ、全然構いません』
なんだか抜けた雰囲気を纏うその様子は昨晩とは少し異なる所が見受けられるも、自身の隣に座る喜八郎の様に低血圧なのかも知れないと思えば、どこか納得する箇所があった。
『しかし、田村さんもあの三年生の方も昨晩は遅くまで起きていらしたみたいですが、もしかして鍛錬でも?』
ご飯が盛られているお椀をお盆の上におく仕草は、作法をみているかの様にお淑やかであり今までそういったものを見たことの無い三木ヱ門からして見れば珍しい。
飲みかけの湯のみを置いては、バツが悪そうに小さく笑った。
「昨晩は会計委員会があったので、それで……」
『会計委員会?夜に行う委員会なのですか?』
「いえ、本来ならば日中に行い夜には終わるのですが、なにぶん、量が多いので1日では終わらなくて……」
ガクリと肩を落とす三木ヱ門の姿。
そんな姿に隣に座る滝夜叉丸へと、難しい計算でもされて居るのですか?と小声で問えば、彼はまさか。と返してくれた。
「忍たま全委員会の帳簿を付けているせいも有るが、委員長の性格も理由の一つかもな」
『委員長?』
「会計委員長は学園一忍者して居るって言われて居る位に厳しい人でな。鍛錬と言ったものを欠かせない人だ」
まぁ、私は会計委員会で良かったとつくづく思うがな。と言う台詞を紡いだ。すると、その台詞が三木ヱ門へと聞こえてしまったのか、向かいに座る彼は何を?!といきなり席を立った。
「だいたい体育委員会は走ったり穴を掘る事しかして居ないでは無いか!」
「そっちこそ、夜遅くまで文字と睨めっこしかして居ない癖に!忍者の卵ならそれらしい事をしてみたらどうだ!」
対立するかの様にいきなりその場で言い合いになった2人に、亮は驚いた。
ギャイギャイと口論する2人の存在は賑やかな食堂を更に騒ぎ立たせるものである。周りは2人の喧嘩に興味無いとそのまま食事をするも、下級生は困った様にチラチラと視線を向けてくるのが分かる。
流石に不味いと思った亮は箸を置いては2人へと向き直った。
『お二方、喧嘩は良く無いですよ!』
あたふたしながらの亮の言葉が届いたのか、今にも取っ組み合いになりそうな2人はピタリと止まった。
そんな2人へと亮はせっかくの美味しい朝食が不味くなりますよ?と小さく笑えば2人は不機嫌そうに、おずおず静かに腰を掛ける。
「すみません、亮先輩」
「仕方ない。亮に免じて此処は……」
「滝夜叉丸!お前先輩に向かって!!」
「何だ三木ヱ門?私と亮の仲の良さに嫉妬しているのか?」
「誰が嫉妬するか!?亮先輩は五年生何だから、ちゃんと敬語を……」
「私と亮にはそんな物など必要ないさ、僻みとは、醜いぞ三木ヱ門?」
「滝夜叉丸の分際で!!」
「そっちこそ!三木ヱ門の癖に!!」
ガタンと再び立ち上がった2人は、そのまま激しい口論をまたもや始めてしまった。
流石に頭がついていけない亮は、お二人共!と腰が浮かぼうとした時に向かいに座る喜八郎が駄目だよ、亮。とオカズを摘みながら彼へと言う。
『綾部さん、しかし……』
「2人は仲良しだから喧嘩するんだよ。それに、喧嘩を止められるのはタカ丸さんじゃないと無理」
『タカ…丸さん?』
隣りではヒートアップしていく口論を気にしつつ、亮は浮いた腰を静かに降ろす。
「三木、三木、タカ丸さんは?」
「え?あぁ、タカ丸さんならさっきまで一緒に居たんだが、火薬委員会の集合で突然呼ばれて…」
「何だ、つまらん」
「いったな!」
どちらが悪いと言うより両者がお互いの言葉に突っかかると言うのだろう。片方が落ち着いたと思えば片方が余計な一言を告げて、それに対して反発すると言う形なのだ。
一度止めようにも、お互いが止(や)めようとしない。これでは普通のやり方では止まらない筈だ。
タカ丸さんと言う人物。彼は委員会で呼ばれて居り此処には居ないので彼がどんな人物なのかは知らないが、出来るだけそのタカ丸さんが戻って来る迄は自身が止めなくてはならない。
飛び級したとは言え、自身は五年生であり彼等の先輩なのだから。
『田村さん、平さん。喧嘩はもう……』
ガタンと静かに席を立った亮。
しかし、揺らめいたその長い薄桜色が喜八郎の元へと届けば、無意識に毛先をパシ!っと両手で挟み引っ張るれば必然的に彼は其方へと釣られる。
三木ヱ門と滝夜叉丸が未だに口論する中、ウエ!と亮がの悲鳴が混じり合ったのは言わずもがな。な、話しであった。
了100607
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