謳えない鹿 | ナノ



いつもの様に朝の自主トレを終えた俺は、体についた土を払うべく新たな制服とタオルを持ち、寝静まった早朝の長屋から風呂場へと向かう。

丁度自分が自主トレから戻ってくるこの時間帯には、冷たくなった昨日の湯から新たな物へと変わる頃合い。汗や土だらけになった自分の体にしてみればそれは意外と嬉しく、たまに至福の時だと思う事がある。
しかも朝から風呂に入る奴なんて居らず、誰も居ない静かな空間の中にゆっくと浸かれるのだから本当に助かる。

夕暮れ時は委員会や放課後等で下級生が一気に風呂場を占領し、下級生の集団が終えたと思ったら今度は実習帰りの上級生達が入り乱れる。

そう成れば、風呂場は泥だらけと言う悲惨な事になり、深夜まで自主トレを励んでいた生徒達からすれば涙ものだったりするのだ。

そんな事を思っていれば、いつの間にか目的地の風呂場が目の前まで見えてきた。

昨日は会計委員会で夜遅くまで活動した後、直ぐに自主トレするべく裏々山まで向かった。その為、一睡も取っていないのが悪かったのか意識がどこか朧気である。

「(忍者たるもの、こんな睡魔如きで挫けてなるものか!)」

俺はギンギンに腕を振り回しては緩やかな睡魔を払いのけてやる。

少しは眠気覚ましになったで有ろう。俺はようやくついた風呂場の扉を開けて中へと入ろうとした時だった。


「っ!」
『わ!』


扉を開けた直ぐに俺の視界に映り込んだのは白と薄桜色。初めそれが一体何なのか理解出来なかったものの、少し視線を下げれば其処にあったのは人の姿。

『あっ…スミマセン!』

相手はすぐさま扉から2、3歩だけ後ろへと下がっては俺が中へと入れるスペースを作った。俺は自然と中へと入るも鉢合わせしたそいつから視線を外す事が出来ない。

頭には白いタオルを掛け、その下からは薄桜色の髪の毛から水が滴る。着ているそれは五年生の制服だが、他の五年に比べて背は低くない。
六年の中で一番背の低い伊作に近い位だ。

「(こんな奴、この学園に居たか?)」


薄桜色と言う珍しい髪の毛。加えてその前髪は長く、ポタポタとしたる水はこいつの顔へと張り付く。赤らめる頬に対し白いその肌には無意識に喉がなった。




………って!


一瞬にして変な事を考えてしまった俺は、ハッとしては思考を現実へと引き戻した。
俺は何を考えている?!
思考を遮る様に軽く咳払いをすれば、相手の五年生は小さく首を傾げては腕に抱えていた荷物を持ち直した。


「お前、五年か?」

『はい、編入してきた亮と言います』

よろしくお願い致します。

綺麗に一礼するその態度は他の五年生よりも丁寧であり、目上の先輩に対してちゃんと挨拶する良い奴と言う印象を抱く。今の五年生はちゃんとしている奴は多いものの、どこか目上の者に対して抜けている所がある。例えるならば、あの変装名人だ。


「親の転勤か?」

俺は荷物を棚へと置いては、近くに積まれている桶を手に取りそいつへと振り向けば、口元を穏やかに隠し小さく笑う姿が瞳へと映る。


『いえ、廃校になったので此方へと』

「そうか…」



穏やかな気を纏うその雰囲気は不破を連想させられるが、それとは違った雰囲気がコイツにはある。その雰囲気がどこか特徴的なものであり、何かが俺の中で小さく引っかかった。

一瞬、それが何なのかがわからなく、眉を潜めればそいつは僕はこれで失礼します。先輩。とまた綺麗に一礼しては扉の向こうへと消えては、音を立てる事無く扉を閉めた。

脱衣所に一人残された俺は先ほど出て行ったばかりの編入生の姿を浮かべる。
口調は酷く落ち着きがあり今の五年生よりワンランク程、目上の相手に対する態度が良い。伊作より少し低いと思った背丈だが、よくよく考えれば同学年の五年生より高い様な……。加えて、薄桜色の長い髪の毛。仙蔵や小平太よりも長い為か女の様だと一瞬見えてしまったのは、多分その目元が見えないからに違いない。
素顔がはっきりとしないせいだろう。


「…………」


他の忍者学校にあんな変わった奴が居るのだな。
そんな事を思えばと同時に先ほど小さく引っかかって何かが消え失せ、俺は風呂に入るべく汚れた制服へと手をかけた。













100526

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