謳えない鹿 | ナノ



机の上に出していたいくつかの自身の荷物を、僕は一纏めにしては風呂敷の中へとしまい込む。
口元の端から少しこぼれていたそれを手の甲で拭い、小さく息を吐き出せばどこか落ち着く様な感覚が僕を襲う。
それは眠気に酷く近く、このまま目を瞑り横になれば緩やかな眠りの縁へと浸かる事が出来るに違いない。しかし、身体に染み付いた習慣はそれを拒絶し、閉じようとしていた瞳は静かに開けられていく。

……ハァ

僕しか居ない室内の中に零れるのは僕自身のため息。
この時間帯ならば普通の人間は眠りこけている。しかし、一向に睡魔が襲ってくる気配のない僕は暇な時間帯でもある。だが、時間は出来るだけ有効的に使いたい。
小さな小皿にのる使い切った蝋燭を新たなものへと換え、予備で残していた火種を先端へと付ければ直ぐにその光は灯される。

じわりじわりと広がる蝋燭の火を眺め、僕は忍たまの友と図書室から借りた本二冊を机の上に置いた。
流石に蝋燭一本では照らすことの出来る範囲が限られている。一見、こんな薄暗い中で文字が読めるかと思うがやはりなれているのであればさほど問題は無い。

ペラリと一枚捲ればもう一枚捲ると言う動作。
本当は一冊だけまるまるとゆっくり読みたいが、それではどこか落ち着かないのもきっと前の学園で染み付いてしまった習慣なのだろう。

そう思えば、この学園はいたせりつくせりで本当に幸せな場所である。
僕はそう思った。

朝昼晩の食事には困ら無い、雨風を凌ぐ長屋があり、怪我をすれば専門的知識をもつ先生に見てもらえる。


『…………そう思うと…』






此処は本当に……






ざわざわと音を鳴らすのは生い茂始めた木々の葉が擦れ合うから。
夜が更に深まり深夜と言う時間帯に、僕は壮大に広がる紺碧色を襖を開けて眺める。

ギチリとなり始める指先の音。


僕は同室者が居ないこの瞬間をありがたいと本気で思った。






















100525

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