謳えない鹿 | ナノ



『?』


可笑しなものが自身の目の前に広がっている。勿論それが何なのか、そしてこの学園に居る生徒ならばそれが一体どう言ったものかも分かるし、無闇に近付くものではないと理解はする。
何せ、自身もその被害に合わざる終えなくなってしまうからだ。

しかし、入って来たばかりの彼から見れば其れが何であるかは分かる物の、何故、それが学園のしかも庭に存在するのかがさっぱり理解できなかった。
だってこれは、野外などで使うものであり、下級生が走り回る学園には不向きな品物でしかない。

もしや、練習用かな?と小さく呟くがそれに対し答えが返ってくることは無い。しかし、よくもこんなに作った物だと思うものの、その形や触れた指先で擦り合わせれば上手く出来ていると感心する。

確かに昔、これを習ったが、こうも上手くは自身は作れない。作ったとしても自身がこんなに近付き崩れる気配が全く無い。

これは、作り慣れている品物ですね。形も綺麗ですし、深さも丁度良く調整されているし、崩れる様子が全く見受けられない。とまた、小さく呟いた。勿論先ほどと同様にこの言葉に返事なんて返ってはきやしない。と思っていた矢先だった。
『ぬ”!!!!』

いきなり後ろ髪が強引に引っ張られる感覚により亮は悲鳴を上げようとするが、今にもグギリと鳴りそうな首の方が強かったらしく、声が上手く出なかった。確かに自身の後ろ髪は長いが地面につかない様にちゃんと切っているし・・と思う亮だが、今の自分はしゃがみ込んでは其れを覗き込んでいる。
だから、長い髪は言わずもがな地面につく訳だが・・って、話はそこでは無く。

『ちょっ!!』

未だに後ろ髪を引っ張るそれがなにかは分からないがこの体制を崩してしまっては逆に自身が危険だと判断した彼は、とりあえず其の場で踏ん張っては後ろで引っ張る力に対抗する。すると、亮の直後ろにあった穴からひょっこりと影が出てきた。同時に彼の髪を引っ張っていた力は消え、亮は後部を押さえながら自身の後ろへと振り向いた。


「・・・・・」


其処には上半身だけ身を乗り出す形で此方を凝視する一人の生徒。制服の色からすれば彼は四年生なのだろう。しかし、随分泥だらけな格好である。頬にも髪にも土が着いているが、本人は気にしていない様子だ。
灰髪で癖っ毛なのだろう、しなやかなウェーブを描く長い髪に、パチリとした黒い瞳が印象的だ。

すると、彼は、ん?と自身の手に持っていたそれを亮へと向けた。

初めそれが何なのか分からなかった亮だが、彼の手には未だに自身の髪の毛の先端部分が捕まれているままであった。そこで亮は理解した。

これらの産物、蛸壺を掘った張本人であると。彼は押さえていた手を退けてはしゃがんだままの体勢から、彼へと向き直り僕の髪の毛です。と返せば蛸壺の中から出てきた彼はそう。とだけ答えてはそのままジッと薄桜色の毛先を掴んだままフヨフヨと揺らすだけだ。

離す気配は無く、自身の掌に納まるそれを縦だったり横等と揺らめかせる。まるで、昔、筆を持って手首で揺らせばしなる筆をみたかの様な感覚である。しかし、髪の毛は既に柔らかいから、そういった目の錯覚は自身の髪では出来ないとは思うのだが。

彼の手は既に土で汚れていて、必然的にも彼に捕まれる亮の毛先も土で汚れていた。しかし、いつかは汚れてしまうのだから良いか。と笑みが零れた。すると、一通り揺らし終えた彼は亮へとその視線を向けてはまたもやジッと眺める。

「五年生?」

未だに離さない毛先。それでも首を傾げる彼に亮ははい。と笑って返した。

『5年は組に編入した摩利支天亮次ノ介です。』

「亮先輩?」

『亮でいいですよ』

「4年い組綾部き「此処に居たか喜八郎!!!」・・・」



正に、彼の自己紹介の最中だった。其れを遮るように声をあれげその存在へと2人の視線が向けられるのは必然だった。
しかし、自身が自己紹介している最中だと言うのにも関らず・・となにやら不機嫌そうに眉をひそめる彼に、声を掛けた帳本人は気がつかずそのまま廊下の上から言葉を続けた。

「お前が縄標忘れて蛸壺堀に出たから、この成績優秀な・・・あれ?」

そこで、彼も亮に気がついたらしく、言葉を途中で切れざる終えなかった。

「亮!こんな所で何やってるんだ?!」

『蛸壺見学です』

亮のその返事に彼、滝夜叉丸は分からないと言った様子で腕を組んだ。すると、彼、喜八郎は小声で滝のアホ。と零しては鋤を中から取り出しゆっくりと蛸壺の中から出てきた。勿論、まだその手には桜色の髪の毛が捕まれて居り、本人はを引っ張っておきながら気にして居ない様子。
廊下に居た滝夜叉丸は庭に居る2人へと駆け寄るなり、何を遣っているんだお前はと喜八郎へとため息ついた。

「滝、縄標要らなかった」

「何だ?亮から借りたのか?」

「コレで出た」

と言っては、掴んでいた其れを滝夜叉丸の前でヒラヒラと動かして見せた。何だ?と怪訝な顔付きとなった彼ではあったが、汚れた薄桜の束を辿れば其処にはあはは、と笑う亮の髪の毛へと行き着いた姿に目を丸くした。


「え?!ええ!!!?おま、喜八郎本当か?!」

「うん」

「亮コイツの言っている事って」

『まぁ、嘘ではないですね』

と普通に答えるもんだから、本来は此処で何やってるんだ!と怒ってしまう所なのだが、2人のゆったりとしたその空気に怒る気力が失せてしまう。

「喜八郎、亮は五年生で我々より先輩なのだから、そんな事したらダメだって分かってるだろ」

「登れる手段が無い時にこれが目の前に垂れてきたんだから仕方ないよ滝」

「亮もはっきり言ってやらないと!」

『しかし、結果的に綾部さんが出れた訳ですから』

「五年生何だからちゃんと後輩は叱ってくれよ亮……」

やれやれと溜め息をつく滝夜叉丸に、老けるよ?と囁く喜八郎に彼がキレたのは言うまでもなく、それを宥めたのは言わずもがな亮だった。

すると、滝夜叉丸を宥める亮をジッとまたもや見つめる彼に、亮はどうされました?と問いかけた。


「飛び級した編入生?」

『まぁ、そうですね』


と答えれば、彼はふーんと興味の無さそうな声で返しては、掴む毛先でまた遊び始めた。


「亮あんまり気にしないでくれよ。喜八郎はこんな性格だから」

『個性が強いと言う事ですね』


と言う亮だが、喜八郎にグイッと再び引っ張られてしまい、亮は変な悲鳴を上げてしまった。


「喜八郎!!」

「亮」

慌てて喜八郎の名前を呼ぶが彼は眼中にないかスルーをする。そして亮の髪の毛をちょいちょいと引っ張っては、彼を自身の方へと体を向けさせた。


『何ですか?綾部さん』


にこりと口元に笑みを浮かべるも、目が見えない為本当に笑ってるのかは分からない。だけど、纏う気は緩やかなものであり、どこか春が到来したかの様な錯覚が彼を包み込む。


「またね亮」


グイグイと二回程亮の髪を引っ張っては地面に置いていた鋤を手に掴み、そのまま廊下へと上がって去ってしまった。
彼の行動が全く読み取れない滝夜叉丸は、相変わらずの自由人だと小さく零す。それに対し亮は面白い方ですねと言えば、亮は楽天過ぎる。と言われてしまった。


「あれ?亮」


と、其処で滝夜叉丸がフと気が付いた。

「その包み、汚れてないか?」

言われた亮は、肩から下げていた包みを片手で掴んでは、あれ?と小さく零した。

「大方、喜八郎が汚したんだろ」

『では、土を落とさないとですね』

再び肩から下げる亮に彼は、その中って一体何なんだ?と問われてしまった。
亮は小さく笑い口元を手で隠しては綾部さんが先ほど持って行かれた鋤みたいなものですよ。と教える。
勿論、その意味が分からず疑問符を浮かべるしか、滝夜叉丸には出来なかった。















100521

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