謳えない鹿 | ナノ



やっと席に座れた僕と藤内はそれぞれの定食を食べていた。藤内はのんびりとした様子で食べていたけど、僕は亮君とちゃんと話ができる機会がないかと一人そわそわしている。
すると、僕の様子に気がついた藤内が、亮君は逃げないだろ?と言われてしまい。僕は、分っているけどさ・・と小さく返してはご飯の入るお椀を手に持った。
もしかしたら、ろ組の2人みたいにどこかで迷子になっているんじゃなないか?と言えば、同級生の先輩が気付く筈だと、かるく返されてしまう。
もし、その先輩が亮君を苛めてたら?!なんて事を言おうとすれば藤内に睨まれてしまう始末だ。藤内はいつの間に読心術を会得したんだろうと考えていれば、三人の五年生が入ってきた。先頭を歩くのは五年い組の尾浜先輩、その後に続いてきたのは久々知先輩。そうなればもう一人は必然的に竹谷先輩だと僕は思ったが、忍たま生徒達の向こう側の席に双忍と呼ばれる二人の先輩の向う形で先輩の後ろ姿が見えた。

同時に、僕の視界の隅っこを灰桜色の陰を作り靡く何かに気がついた時には遅くて、パッと顔を上げれば食堂のカウンターで注文をする薄桜色の髪の毛に、僕は小さく肩を落とした。
だけど、ちゃんと食堂迄来れた事にとりあえず安堵する。亮君は久々知先輩と尾浜先輩と何かしら会話を交わして居ると、竹谷先輩が三人を呼ぶ声に1人の先輩が手を振り、もう一人の先輩が同じ方向を眺めた。
すると、その隣に居た亮君がふと、此方へと首を傾げた。僕は、口に含んでいたご飯を一気に飲み込んで口パクで「おはよう」と言えば彼はふわりとふわりと小さく笑っては『お早う御座います』と返してくれた。
勿論隣に居る藤内にも同様に挨拶すれば藤内も亮君へと挨拶をする。

「藤内、亮君と挨拶できたよ!」

「本題はそこじゃないだろ」

と飽きられるが、こうやってちゃんと挨拶できるだけで僕は嬉しいんだよ。藤内はどうしてわかんないかな?
すると、亮君は先輩達と一緒に五年生の先輩方の席へと向ってしまった。こればかりは仕方ないよなと思うも、同じ歳かもしれない彼が二つ上の先輩の所に行ったことに少し嫉妬してしまう。
ついこの間までは六年生の制服を着ていたが、今日からはちゃんと自身の学年である5年生の制服を着ていた。
ぶかぶかの六年生の制服を着ていた為、その体格ははっきりとまでは分らなかったもののこうして亮君の寸法に合わせられた制服は、今の彼の体格をはっきりとさせる。そして、相変わらず背中には布に包まれた何かを肩から下げている。

やっぱり三年生だと言う事らしくその体付きは、五年生の先輩方よりも明らかに華奢だ。尚且つその長身な背丈もあってか、遠めに見れば六年生の先輩方にも見えるのだから、亮君が居た忍者学校の先輩達はどれだけ背が高いのだろうかと思いたくなる。

他の先輩や後輩達が亮君を見ているのに僕は気がつく。
亮君の噂は一気に学園に広がった。編入生と言う形だけでも結構珍しいのに、尚且つ飛び級と言う事もあるためか周りの生徒は興味深々である。僕と藤内の近くに座ってる四年生の先輩も遠巻きに亮君を眺めては、噂の五年生だと口々に言っている。

そう言えば亮君はこの学園に編入するときは模試か何かをうけたのだろうか?普通ならばそのまま三年生のクラスに入ってるのだろうが、彼は五年生のクラスに入った。
模試を受けたときの成績が良くて、五年生に入ったのかもしれない。それとも、実技試験でも行ったのだろうか?そうなれば、先生かはたまた上級生の先輩方の誰かが相手をしたに違いない。しかし、そういった話は聞いていない。

「(亮君に聞けば良いか)」

彼なら教えてくれるだろう。

そう思い、残った味噌汁の入る器を取ろうとしたときだ。
自身の視界に入る六年生の先輩が行き成り顔を上げてた為、釣られた僕も視線を走らせる。勿論隣に居た藤内もそれに気がついたらしく、僕も同じ方向へと視線を這わせれば僕は驚き手に掴んでいた箸を落しそうになった。

「とと・・・藤内」

「わっ・・分ってる・・・よ」

下級生たちは気がついていないみたいだが、一部の上級生と亮君が座っていた席の近くにいた下級生はそれに気がついたらしい。
僕と、藤内はただ固まる。

机の上に片足を乗せた2人の先輩。鉢屋先輩が亮君の首筋にクナイを、亮君が鉢屋先輩の頬下を指先で下から掴み上げる光景が其処に存在する。

真正面から彼にクナイをあてる鉢屋先輩の顔は凄く鋭く、遠巻きで見詰める僕達に戦慄を湧き立たせる。そして、背中を見せる亮君は鉢屋先輩の頬下を何故掴んでいるのかは分らなかったけど、隣から藤内が鉢屋先輩の顔の変装が剥がれ掛けていて其れを亮君が掴んでいるらしい。しかし、藤内の席からは見えないだろうが、亮君の開いているもう一本の手には三本の黒く光るクナイが握られている。

一瞬にして何が起きたのかは分らない。気がついたら2人は対峙している。
近くに居た六年生も2人の様子をジッと静かに見詰めるだけで手も口も出す気配が全く見受けられない。様子見なのだろう。亮君の。編入生と言うリスクだけではなく、飛び級と言うものまで亮君は背負っているのだ。もしかしたら、舐められたのかも知れない、鉢屋先輩に。いや、きっと他の先輩にもそう見られて居ても可笑しくは無い。

すると、先に鉢屋先輩が身を退いてから亮君も身を退く。気がつけば亮君が持っていた三本のクナイはその掌の中から無くなっていて、何事も無かったかの用に六人で会話をかわす。
正に一触即発な空気だったが、2人がちゃんと席に着けば六年生の先輩方は再び食事を再開し、また話をする。だけど、未だに放心状態の3年生に4年生は唖然としているだけ。各言う僕達だって、未だに動けない。


「数馬」

「何?」

「今ので、亮君が飛び級した理由、なんとなくだけど分った気がした」

「うん」

だって、彼と同じ僕達は瞬時にあんな行動はできない。
相手に手を出したままの状態で武器を構える早業。きっと四年生でも其れを同時にこなすのは難しい。一瞬で判断して、刹那にして何を構えるのか。
亮君は鉢屋先輩の顔を変装と判断した上で、先輩の変装を剥がしに出た。学園内での殺生は無闇に許されていない且つ此処は食堂。下級生の要る前で刺される事は無いと判断した上で、亮君は変装を剥がしに出たのだろう。
そして、机の影に隠れて鉢屋先輩には見えていないその奥では、追撃或は反撃用のクナイを構えていた。

「(凄い)」

本当に凄いと僕は思った。鳥肌だって立った。
同時に、彼は周りから偏見の目で見られて居るのだと見受けられる。
現に、同じ五年生の先輩がピリピリとした眼差しで亮君の背中を睨みつけている。逆に、中にははらはらした様子で見ている五年生も居る。

亮君はまだ編入してきたばかりだから、数え切れないほどの不安を抱えているはず。


食事を終えた亮君達はお盆を持ちながらカウンターへと置き、実技の授業の内容を話しながら僕たちの近くを通り過ぎていった。
僕は再び亮君へと視線を向ければ、彼は小さく手を合わせて『御免なさい』と小さく笑った。
それに僕は首を横に振っては「またね」と手を振れば彼も同様に手を振って返してくれた。

六人が出て行った後、唖然としていた生徒も食事を再開し始めたが内容は先ほどの鉢屋先輩と亮君のやりとりについての会話だった。





「藤内」

「なに?」

「僕、亮君と色んな話してみたい」

すると、藤内も俺も色々話がしたい!と答えてくれた。

















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