謳えない鹿 | ナノ



「なぁなぁ、其の飛び級してきた子ってどんな子なんだ?」

がやがやと朝食の時間帯で賑わう食堂の内にてのに存在する隅っこの席。おかずのつみれを摘みながら目の前に腰掛ける双忍のうちの一人、味噌汁を置こうとした人物へと問い掛ければその人物の隣に座る彼はクスクスと小さく笑った。

「八、私達はまだ彼に会っては居ないんだよ」

と言えば、何だ。とつまらなそうに言葉を零し無意識に浮んでいた腰を、落ち着かせてはお茶の入る湯飲みを静かに掴んだ。
彼等三人の後ろに腰掛ける同学年のクラスメイトも噂の彼の話をしているらしい。会話の内容が彼の耳へと届くも、全ては自身が知っている内容ばかりで興味が湧きはしなかった。
もしかしたら。双忍の2人ならば知っているかと思い聞いてみたが、残念な結果の答えしか返ってこなかった。

「そんなにきになるのなら、勘右衛門に聞けばいいだろ?」

「勘右衛門にか?」

「彼ね、例の編入生に組み手で負けたらしいよ」

と片方が言えば、上手く箸で摘むことが出来た煮物をボトンと落としてしまった。


「え?・・・誰が?」

信じられないといわんばかりの表情をする目の前の友人に、なんだ?聞こえなかったのか?と隣の彼が肩を竦めた時だ、賑やかだった食堂が違う賑やかさを帯びた事に双忍が気がついた。
一体何事かと思い、少しだけ腰を浮かせては食堂の入り口へと視線を走らせる、噂をすればだな。と面白そうに言葉をつむぐ彼に気がつき思考回路が現実へと戻ってきた彼も、双忍同様に入り口へと視線を向けては瞬時に目を輝かせた。


『お早う御座います。食堂のおばちゃん』

「あら、お早う亮君、それから勘右衛門君に兵助君」

「お早うおばちゃん」

「お早う、今日の朝食は何?」

「A定食はお野菜の盛り付けに煮物、B定食はお魚の揚げ物に山菜の漬物よ」

「それじゃ、俺はA定食」

「俺も同じ奴で」

『では、僕はB定食でお願いします』

そう言うと、おばちゃんははいよ!と元気な声を残し厨房へと入っていった。直にできるとの事で三人で会話をするその姿に、双忍のうちの一人が友人である彼等の中に混じる見慣れない一人の五年生のを瞳へと映し出してはあいつみたいだな。と笑った。同時に隣の彼は三郎。と名を呼んだ。

「分かっているとは思うけどさ」

「おいおい、其処まで学習能力は低くないぞ?」

と言うものの、彼と長い付き合いである人物、雷蔵は内心どうだか?と聞こえないため息をついた。
すると、向かいに座っていた彼が2人の名を呼べば、呼ばれた二人が気がついたらしく今、行く。と軽く手を振った。そして、編入生と思われる彼と言葉を交わす様子を遠くから見る八左ヱ門はなにやらそわそわとする。
今度は、その様子に三郎がため息交じりの笑みを浮かべた。

「何そわそわしているんだよ、八?」

「だってよ、勘右衛門に勝ったって事は結構強いって事だよな、俺、今度組み手の相手して貰おうかな・・」

「残念だけど、先に俺と組むんだよ」

聞きなれたその声の方へと向き直れば、お盆を持った友人2人が其処にたっていた。そして、その2人の後ろから、ヒョコと顔を覗かせては小さく首を傾げるその子の姿が彼等の瞳に写りこんだ。こうして近くでみるとなんと言うか・・・

「(・・・背が高い)」

編入生の彼の身長に少しばかり驚く三人。しかし、兵助と勘右衛門は気にしない素振りで席にすわる。三郎の隣には兵助が、八左ヱ門の隣に尾浜が座れば亮は失礼します。と一声掛けてから尾浜の隣と座った。同時に肩に下げていた包みを自身の左脇へと静かに置く。
そこで、第一声を発したのは会うのを楽しみしていた八左ヱ門や三郎の2人では無い、笑みを浮かべた雷蔵だった。

「君が、は組の編入生さん?」

穏やかな口調で向かいの席から声を掛けてきたその人物に、手を合わせていた彼がはい。と答え静かに箸を置いた。

『先日、五年は組に編入してきた摩利支天亮次ノ介と言います』

「えっと、摩利支天君で良いのかな?」

『苗字は長いので僕のことは亮と呼んでください』

「亮君だね、僕はろ組の不破雷蔵。宜しく」

と、目の前で穏やかな自己紹介をする2人の世界はのんびりしたものだ。今にも花が咲いて蝶でも飛んでそうな空気に周囲の生徒はあれ、五年生?と疑いたくなる。
しかし、そんなことなど気にしない一人の人物がにかりと笑っては亮へと視線を向けた。

「なぁ、三年生から飛び級してきたって本当か?」

身を乗り出す形で話掛けてきたその人物に亮ははい。と答えればそうか、凄いな!と彼は言う。

「俺も、雷蔵と同じろ組なんだ。名前は竹谷八左ヱ門。よろしくな」

『此方こそ、宜しくお願いします』

「おいおい、私を抜かしての自己紹介は酷いぞ八?」

「ぽかんとしている三郎が悪いって」

「言ったな、八」

「2人とも、食事中だよ」

と、不破が声を掛ければ2人はおとなしく席に着き箸を取った。そこで、彼の隣に腰掛ける人物が軽く咳払いすれば、自然と亮の視線がそちらへと向けられる。


「噂は色々聞いてる、私は鉢屋三郎。雷蔵と八と同じのろ組だ」

『宜しくお願いします。鉢屋さん』

「そんな他人みたいにさん付けじゃなくて良いよ。私の事は鉢屋様と呼んでおくれ」

「三郎!!」

と言い張った彼に、隣にいた雷蔵が彼の名を呼ぶも三郎はニコニコと笑っているだけだ。勿論、兵助や尾浜がやれやれとため息をつき、竹谷は驚いた様子でその様子を箸を齧ったまま見ていた。しかし。一方の亮はクスクスと片手で口元を隠して静かに笑う。

『鉢屋さんはお茶目さんですね』

「そう見えるかい?」

『はい、その顔につけているのもお茶目からきたものですか?』

その台詞に、三人の箸がピタリと止まった。同時に、面白そうな笑み浮かべた三郎がそのまま続けた。


「その顔って、私と雷蔵は苗字は違えど双子なんだ」

三郎の台詞に、雷蔵はもう言っても聞かないのだと理解したと同時に、向かいに座る目元を前髪で隠す薄桜色の彼へと視線を向ける。

『そうでしたか、しかし、双子にしては似ていませんね』

「おや、それは今まで言われた事が無かったな」

『そうでしょうね、だって、鉢屋さんのは変装だと分りますから』



刹那。


タン!と軽やかな音が2人の間から生まれた。それは大きな音では無く、あくまでも御盆を置いたような軽い音程度。だから、この些細過ぎる音に食堂に居合わせた下級生が気付くことはなくそのまま会話を続ける。しかし、編入生と言う新しい存在をきにしている生徒は、チラチラと六人の座る席を見ていたのなら驚くだろう。
同様に彼等の不穏な空気に気がついている上級生達からすればその光景は目を細めざる終えない光景でもあった。中には慌てるもの迄いるが双方は気にしては居ないみたいである。

「何故、変装だと?」

『それを言っては面白みが無いのでは?』

「今後の参考として聞きたいんだ」

『あくまでも僕自身の意見ですが宜しいですか?』

「良いよ」

『完全でもなければ不完全でも無い。ですかね?』

「と言うと?」

『半端である未完成と言う事です』

その台詞に三郎を眉間に皺を寄せる。しかし、亮はこれで十分ですか?と問い掛ければ彼は口元に小さな弧を描き、小さな笑い声を零しながら身を退いた。すると、変装していた筈の頬下の生地が剥がれている事に気がつき、クナイを持っていない手で静かに撫でれば再び元に戻る。同時に亮も身を静かに退いては椅子へと腰掛けた。

「飛び級ってのも嘘じゃないみたいだね亮」

『信じて頂けて嬉しいです鉢屋さん』

「そんな他人行儀みたいにしなくて良いよ。私の事は三郎と呼んでおくれ」

『気が向いたらそう呼びましょう』

「亮はシャイだな」

『いえいえ、鉢屋さんには適いませんよ』

ハハハ、フフフ。と笑いあう二人に思考がついていけない三人だが、一瞬にして生み出された険悪な空気は何処へやら。まるで何も無かったかのように会話をする2人の姿にただ唖然とする。しかし、雷蔵が事の大きさに気がつけば三郎!!とその掌を拳として作り、彼の頭をポカンと殴ったのだ。

「いた!雷蔵、いき成り何をするんだ?!」

「何をするんだじゃないだろ?!突然そんなものを亮君に突き出す奴がいるか?!」

『おや?これがこの学園の歓迎方ではなくて?』

「違うからな亮!!三郎が勝手にしたことであって、決してこんな危険な方法は」

『分っていますよ竹谷さん。鉢屋さんはお茶目さんだから仕方ないんですよね?』

「何だ、亮は分っているじゃないか」

「三郎、反省しろ!!」

「あだぁ!!」

再びポカリと殴られた彼。今度は強めに込められたらものらしく三郎は両手で頭を押さえ込み其の場に縮こまる。すると、向かいの席から、オズオズと伺ってくる彼へとどうされましたか?と何事も無かったかの様に言うものだから本当に驚く。

「亮、怪我は?」

『大丈夫ですよ。僕も鉢屋さんのお茶目に乗らせて頂いただけですので』

「三郎も亮君も驚かさないでよね」

と苦笑交じりに言う彼の内心は、バクバクだったりする。しかし、それを悟られないように平然と彼は話を続けた。次の授業はどんな内容か、亮君はそこまで習っているのか?等と本当に他愛も無い会話を。
頭を押さえていた三郎も雷蔵の説教を受けながら会話に加わり、彼から振られた会話の内容を穏やかに返しながら皆、六人の話に花を咲かせる。
その様子は先ほどの険悪な空気など嘘の様であり、一部始終をみていた生徒及び上級生たちは唖然とする。しかし、事の惨事に気がつかない下級生たちの賑やかな話声は未だに食堂内から途切れる様子は無かった。







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