謳えない鹿 | ナノ



自主トレを一通り終わらせた俺は夕食を食べ終え、部屋へと戻る。しかし、戸を開けた瞬間視界へと映り込んだのは、誰でもない同室者の数馬。しかも肩を落とすと言っても過言では無い位の落ち込みようだ。

また、不運体質がどうたらって言い出すのかと思えば、つい最近数馬の口から不運だ!なんて台詞を聞いていない事を思い出す。
何かあったかな?と先日辺りの記憶を思い出せば、ほわわんとした雰囲気を纏う薄桜色の彼が脳内をよぎった。

確か、彼に会ってから数馬はそう言った事をあまり口にして居ない。
まぁ、数日程度だが。

とりあえず室内に入った俺は明日の予習をするべく、机へと向き直ったがひしひしと背中から感じる数馬の雰囲気にはぁとため息ついた。

「どうしたんだ?」

と問いかければ、うん。と小さな返事が帰ってくる。今回はどんな不運が数馬に襲いかかったのやら。そんな事を思いながら友人へと向き直れば、遠くを見る数馬に何だろと疑問が浮かび上がる。

「亮君の事なんだけどさ」

「亮君がどうした?」

「彼、三年生じゃなくて、五年生のクラスに入ったんだって」

「…………」





は?




「数馬、不運話とジョーク話は違うぞ」

「分かってるさ!」

は?え?亮君が五年生に?って事は、三年生の編入生が五年生へ飛び級て言い事?
イヤイヤ、そんな訳ない。だって亮君は前の学校では三年生だと言っていたし、彼が入る学年は…………言ってない。


「昼食取る前に偶々五年生長屋近く廊下を通ったんだ。そしたら亮君が居て、でも亮君が僕に謝らないとって言い出すから何かあったかなと思って……」

「其処で五年生だったと言われたのか」

「うん」

確かに、昼食を取りに行こうと誘いに来た時の数馬の様子が少しおかしい所があったが俺はそれに触れず、普通に接していた。
なるほど、来る前にそんな事があったのか。しかし、だからと言って今の数馬が纏う重苦しい空気が俺には理解出来ない。

「どうしたんだよ?亮君にタメ口で話したのを気にして居るのか?」

「いや、亮君はそのままの接し方で話してくれると嬉しいって………」

「良かったじゃないか」

「でもさ……」


ハァと今度は数馬が溜め息を付いた。そして遠くを見るのだから何が彼を悩ませているのか、俺には分からない。


「何だよ?」

「いや、僕の考え過ぎがもしれないけどさ、先輩方にいじめられないかなって思って……」

「……」

「だって今まで無いだろ?編入生は居たけど、飛び級って事……あの後先生にも聞いたんだけど、飛び級は今までは無かったって言ってたから……」


なる程、数馬が悩んで居たのはこれが原因か。
亮君と知り合ったばかりの俺と数馬だが、彼と話しをしている時は本当に楽しいと感じた。それは純粋に友達と言う感覚で、彼には先輩と言った上下関係が全く見受けられないからだろう。
もしかしたら一つ上かも知れないが、彼は後輩となってしまった数馬に普通で居てほしいと言ったのだ。数馬はそれが嬉しいのだろうが、やはり同年代かも知れない友達が2つ上の五年生へと飛び級したのだ。
周りからの尊敬の眼差しが有る分、僻みなどと言った非難する声も影に隠れているに違いない。
数馬の心配事はそれだろう。


「考え過ぎじゃないか?」

「うーん……」

「俺はは組の先輩と一緒に歩いている所見たし、これと言って何かあった様子は無かったぞ……」

「……考え過ぎかな?」

「俺はそう思う」

「…だけど」

なんだかめんどくさくなって来た。
俺は肩を小さく肩を竦める。

「そんなに心配ならさ、明日、亮君に声を掛ければ良いじゃないか」

「え?」

「学年は違うけどさ、五年生ってよく授業であちこちの校舎へと移動したりするだろう?他にも食堂で話しも出来る」

毎日話しが出来ると迄は言えないが、亮君は喜ぶと思うよ?と、言ってやれば数馬はそっか、その手があったか!とパチンと手を合わせて音を鳴らす。

「藤内!僕、早速明日話してみるよ!」

「その意気だよ数馬!」



何とか元気付ける事が出来ひと安心した俺は、中断して居た授業の予習を再開しようとする。
しかし、後ろの方で何をどうしてそうなったのか、ガシャーン!と陶器が割れる音と数馬の悲鳴に、俺は再びため息を吐かざる終えなくなった。




100519

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