昼時となった時間帯。
いつもの様に賑わう食堂に入り込めば、ワイワイと楽しそうに会話を交わして食事する下級生の姿に、ついつい頬が緩んでしまいそうだ。
そんなことを思いながら、彼はいつもの様にカウンター前へと向かいおばちゃんにB定食を頼む。同時にカウンター越しにおばちゃんの元気な声を聞いた彼は、定食が来る迄少し待つ間先日行われた演習を思い出し小さな苦笑がこぼれ落ちそうになる。
あの時は、散々な目にあった。
そして、難なくこなせると思っていたその演習を、彼は失敗せざる終えなくなった。まさかの部外者からの奇襲攻撃、しかもそれが他の忍者育成学校の卒業試験だと言うのだから驚きだ。
あんな強いのが忍の卵だと思うと背筋に冷たいものが走る。
「はい、お待たせ!」
「あ!ありがとうおばちゃん」
やっと来たB定食を手に持ち、どこの席につこうかと食堂内を見回せば不思議な光景が彼の瞳へと映り出す。
「?」
五年生の中に混じる同学年の制服。座高も彼らより僅かに高くその背丈は、高いのだろうと見受けられる。
彼の両隣に座る五年生との身長差が目にみて分かる。
しかし、六年間ずっとこの学園に在学して居るがあの人物を知らない。
薄桜色と言う珍しい髪質は誰もの視線を奪うのだから。
では、あの人物は一体?背中だけしか此方に向けて居ないが、顔を見た所で多分分からないだろう。だって自身はあの人物を見た事が無いのだから。
五年生の中に囲まれながら賑やかに会話を交わす辺りは、まるで同学年の友人と接する様な態度。その空気からして先輩後輩と言った上下関係は見受けられない。
と成れば、他校の忍たま?
無意識に目を細めた所で、彼は自身の名を呼ぶ方へと視線を向ければ細められていた目が普通のものへと戻されていた。
「長次!」
「……」
彼は友人である彼にに一言かけてから向かいの席に腰掛けた。
手を合わせいただきますと言ってから、味噌汁へと手を伸ばした所で目の前に腰掛ける友人へと言葉を投げた。
「長次、君は彼を知ってるかい?」
いきなり出たその台詞に長次は視線を五年生の集団へと向けるも、ああ。とだけ呟き止まっていた食事を再開した。
「……先程、挨拶をした」
「彼は六年生?」
「違う。昨日、五年生に編入してきたばかり、名前は亮」
「五年生?!でも……」
再確認する為に後ろへと振り返っても、やはり其処に居るのは六年生の制服を着た人物。
五年生だと聞いて、我が耳を疑った。
「……詳しくは知らない。けど、五年生と」
本人が言っていた。
「へぇ…あれで五年生か」
もう一度振り返れば、脇に包みに包まれた何かを置いて居て、やはり後ろ姿しか其処には無く此方を振り向く素振りは全く見せない。
どんな子なのだろうと好奇心が疼く中、揚げ物を摘みパクリと食べれば揚げ物の旨味が口内に広がる。
そういえば、この後の授業を終えた後、委員会があったのだと思い出す。
今回は便所紙の補充する場所が少し変更になるから、その事を後輩達に伝えなければならない。
後は、保健委員が臨時用に所有している薬や包帯のストックがちゃんと有るか。いつ何が起きるか分からない。もしもの為に起きた事態にちゃんと対処できる様にと、自身は後輩達に持たせている。
それがつきない様に点検するのも、自身の仕事である。
「……伊作」
「なんだい?」
委員会の事を考えていたら、ふと、長次が私へと声をかけて来る。
「先日の実習の事だが…」
先日の実習。その単語を聞いただけで、相手に殴られたわき腹がズクリと痛みだす。
同時に、当時の緊張感を思い出せば私の額にはうっすらとした汗が滲む。
「もしかして…」
「ああ」
コクリと頷いた彼に、やっぱりか。と私は肩を落とした。
先日の実習。卒業に関わるものだと聞いていた私達。その為、先生から与えられた課題をこなす為に集合場所まで向かっていたが、突然の奇襲に手を出す事が出来ずやっとの思いで取り返し集合場所へと向かうもけっきょく、自身達が預かった巻物では無くあえなく失敗。
その後、それは卒業に関わるものでは無かったと聞かされて内心ホッとするも、やはり出された通りの課題はこなして居ない。
結果、補習。
勿論、これは私達だけでは無い。
むしろ六年生全体に近い位。あの奇襲攻撃は私達だけでは無かったみたい。集合場所に次々と集まってきたみんなは酷くボロボロで、一人で歩く事が出来ずに相方に引きずられて来た子だって居る。
そんな結果に先生はため息をついていたのを私は見ていた。
もしかしたら、補習が有るかも知れない。そんな言葉が私達の中で交わされたが、今回は他校の忍たまの卒業試験に私達が相手となったのだから大丈夫だと言っていた。が、やはり私達は補習を受けざる終えなくなったみたい。
未だに奇襲を受けた際の怪我が完治していない者だっている。勿論その内の一人に私も入っているのだから………。
「いつ遣るのか聞いているかい?」
「……イヤ」
「と言う事は・・・」
「・・・内容も知らない」
六年生の授業にたまにこんなことがあったりする。内容を告げずに其の場に着いてから本題を話し、直に演習に入る。
先日もいきなり密書と証した巻物を持って「無事」に2人で、集合場所に届ける。と言うものだったが・・・・
「・・・今回も・・裏がある」
「そうだよね・・・」
いまや忍たま最上級生となった私達だ。先生も一筋縄でいかない課題を出してくるに違いない。
すると、席に座っていた五年生の彼等が席を立つ。同時に私達の横を過ぎ去る彼等の中に、先ほど気になっていた編入生の姿があった。
彼は私の存在に気がついたみたいでニコリと口元に笑みを浮かべる。と言うか、彼の顔を見て私は少し驚いた。
「(顔が見えない)」
前髪で彼の顔を半分かくしているため、その顔の整い方が全く分からない。でも、その視線は確実に私へと向けられているものだと分かる。伊達に六年生ではないのだから当たり前だ。
彼は口を静かに開いた。
途端だ。
「亮、教室に行こう!!」
『はぃ!??』
隣を歩いていた子に行き成り腕をつかまれた彼は、可笑しな声を出したと思えば引き摺られながら食堂から姿を消した。そして、其の後を追いかける様にバタバタと騒がしく出て行く五年生の後ろを姿を眺め、気がついた時には其処に彼等の姿は何処にも無かった。
まるで嵐が去ったかのような感覚に唖然とした私だが、カチャリと箸を置いた長次の物音に私の思考は現実へと引き戻される。
「・・・ねぇ長次」
「・・・・何だ?」
「コレも不運のせいかな?」
「・・・・・・」
彼の無言は痛かった…………
了
10.0518
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