謳えない鹿 | ナノ



「勘右衛門、亮を見なかったか?」


午前の授業がすべて終わり、食堂へと向かう俺へと掛けられた声は聞き覚えがある人物のもの。
ふり返ればそこに居たのはは組の子で聞かれたその内容に、俺は見てないよ。と返せば、彼はありがとう。と罰の悪そうな顔をしながら頭を掻く。そして、クラスの子の元に戻っては言葉を交わしてはパタパタと走り去って行った。

どうやら亮君を探しているみたいらしい。
この時間帯だから、多分みんなで一緒に昼食を取ろうと思ったのだろう。
そう言えば、俺も思った。亮君を見かけていない。クラスに戻るまでは、は組の子と話をしている姿を見かけたが、気が付いたらその目立つ存在は組の中から消えていた。

と言う事は組み手の試合が終わった後、彼はは組の授業に出席していないのだろうか?

は組は仲が良いし、亮君を純粋に心配しているだと思う。

それは、い組やろ組には無いは組独特のものであり、たまに俺は羨ましく思う時があった。



い組とは組の組み手が終わった後も、自身のクラスで座学の授業を受けようとしたが亮君との試合で叩きつけられた背中が急に痛み出し、俺は医務室に行かざる終えなくなった。

勿論、い組では組に負けたのは俺たった一人だけで、他のみんなはケロリとした様子。あまりの痛みに顔を歪めた俺にクラスの友達は酷く慌て、医者ぁぁぁぁ!なんて叫ぶ始末だ。

大袈裟に騒ぐ友達を先生が一括し、俺は医務室へと向かった。

医務室には新野先生は居らず、変わりに善法寺先輩がいた。
先輩に理由を話せば、い組は君だけだよ。と言われてしまい俺は苦笑いせざる終えない。
今思えば亮君は本気を出して居なかったんだと思う。彼は俺が本気を出す寸前で勝敗を付けた。それも、気が付いた時には。だ。

今度、一緒に鍛錬でもしないか誘ってみよう。
そんな事を抱きながら、先輩に言われた通りに上着を脱ぎ背中を見せる。
先輩は染みる何枚かの湿布を貼れば、ビリビリとした感覚が神経を逆撫でする。
その後、昼食迄は休む事。と告げられた俺は、医務室で午前の授業を休む羽目になってしまった。

午前の授業が終わる鐘が鳴れば、先輩はしばらく安静だよ?と言いながら昼食を取りに医務室をでる。勿論俺も、先輩同様に部屋を出れば先ほどは組に声を掛けられる。

と言う状況だ。

は組の中には頬や肘など至る所に湿布を貼る姿を見るが、やはり亮君が不在な事が気になるのだろう。みんなで今も探している姿は本当に仲が良い。


「あ!勘右衛門!」

再び呼ばれた俺は、その方向へと振り返ろうとするがその寸前で、バシン!と背中を容赦なく叩かれてしまい変な悲鳴が俺の口から生まれた。

「あれ?」

あまりの痛さに悶絶する俺は、ついしゃがみこんでしまいその頭上から気の抜ける声が降る。
そして、どうしたの?!勘右衛門!と言う台詞に、俺は頭だけ上げれば瓜二つの人物が自身を見下ろしていた。

「やぁ、双忍のお二方」

「やぁじゃないだろ勘右衛門!何かあったのかい?!」

「これと言うならば、今三郎が叩いた背中は絶賛負傷中」

「勘右衛門ともあろうものが背後を取られるなんてね?明日は槍が降ってくるのか?」

と、おどける彼に瓜二つの彼、雷蔵が謝りなさい!と軽く頭を小突けば気持ちの籠もらない謝罪の言葉が勘右衛門へと向けられた。
その様子に気持ちが込められてないよ?と言うのが不破雷蔵。そして隣で悪戯的な笑みを浮かべて居るのが鉢屋三郎。双忍と呼ばれる五年生である。彼等は勘右衛門とは親しく、よく共に行動をしている。
一年生からと言う長い付き合い。

雷蔵が本当に大丈夫?と言われた頃には悲鳴を上げていた背中は、なんとか痛みが和らいでいた。

「ありがとう雷蔵」

「勘右衛門、何が有ったんだい?」

「実はは組との組み手で相手に投げられてしまってね」

そんな事を言えば、双忍の2人は様々なリアクションを取る。一人は嘘!?と驚きの声を挙げもう片割れはへぇと目を細め顎に手を当てる。

「は組って?!あのほんわかは組に?相手は?!」

「編入生だよ」

「編入生って…背が高いって噂のか?」

「何だ三郎、彼に会ったのか?」

「僕達は噂だけ。まだ本人には有っては居ないよ」

「しかし、勘右衛門を投げ飛ばすは組の編入生か…」

胸に抱くその思考は様々だ。一体何を抱いているのかは分からないが全てが同じものだとは言い難い。しかし、双忍の2人はとある気持ちだけ同様の思いを抱く。
興味がある。と、


「編入生はどんな奴だ?」

* * *


「…の……言う事だ。分かったな」


この声は木下先生のものだと理解する。本人はそのつもりはないのだろうが、口調そのものは怒鳴っている物に酷く近い。
しかし、その言葉に返された声を聞いた事のある僕は、歩いていた歩調の速度を上げつきあたりを曲がった所で、つい昨日知り合いになった編入生の後ろ姿に胸の中が勝手に踊り出す。

すると、僕の存在に気が付いたらしく、彼、亮君が此方へと振り向いては手を振る様子に俺も同様に手を振って返す。

『こんにちは三反田さん』

「こんにちは亮君」

挨拶を返した僕の視界の中には微笑む亮君と、 廊下の向こう側へと歩いていて行ってしまう木下先生の後ろ姿。何かあったのだろうか?そんな事を抱きながら亮君へと視線を向ければ、彼はまた笑う。

『お叱りを受けていた訳では有りませんよ』

「じゃ、どうしたの?」

『制服の件についてです』

何故、五年実技担当の木下先生が、彼に?

『実は三反田さんに謝らなければならないのです』

「僕に?」

そう言っては手に持っていた包みを僕へと見せてくれる。始め逸れがなんなのか分からなかった俺だが、上級生の制服であると言う事に気が付いた瞬間に彼が何を謝らなければならないのか分かった。


「もしかして、亮君五年生?!」

『みたいでした』

「でも、前の学校じゃ…」

『はい。三年生でした。其処は本当です』

しかし、どうやら此方では飛び級と言う形になってしまった様で…。と何とも苦味を噛み締める口調に僕は仕方ないよ。と返す。
前の学校での亮君は三年生だと言っていた。しかし学校によっては授業の学ぶ内容や実技は早く進めたり遅く学ぶ所などあったりする。そしてどうやら、亮君が居たと言う学校では今の自身が学んでいる内容とは異なっており、彼の方がいくらか早く学んでいたらしい。
その結果、彼は自身と同様の三年生ではなく、飛び級で五年生となった様だ。彼も三年生のクラスに編入すると思っていたのか、どこか寂しそうな空気が彼を纏う。

でも、もう決まってしまった事は仕方ない。

今更先生に抗議した所で所詮自己満足だ。仲良くなったばかりの彼を困らせてはいけない。

「そっか、でも飛び級って凄いよ亮君!!」

『しかし、五年生の先輩方を驚かせてしまいました』

できるだけ穏便に行きたかったのですが。と苦笑する彼に、そんな事はないよと僕は声をかけた。
そこで気が付く。同年代かもしれないとは言え、彼は五年生。つまり先輩であると。

「それじゃ、亮先輩って呼ばないとな」

亮先輩か…。歯痒い感じがするけど、此ばかりは仕方ないんだよな。何だか少し寂しい感じがする。
すると、彼は小さく首を振ってはイエ…と小さく呟いた。


『三反田さん、先程の様に君付けでお願いしてよいですか?』

「え?!」

『何だかくすぐったいです』

「でも君は……」

『やっと同年代の方と知り合う事が出来たので、そういった物は無い方が僕は嬉しいです』

と、首を小さく傾けた彼の口元は笑っていて、きっと苦笑している方の笑みなんかじゃないかと僕は思った。
でも本来は先輩と呼ばなくちゃいけない彼を、先程迄同様に君付けで呼んでほしいと言った台詞に、胸の中では嬉しいと思っていたりする。
きっとこれが彼ならではの気質に違いない。僕は本当に?と確認すれば彼ははい。と返してくれた。


「それじゃ、改めてまして、宜しくね亮君!」

『此方こそ、宜しくお願い致します』


お互いに笑い合うこののんびりとした空間が凄く心地良くて、僕はついつい目を閉じてしまいそうになる。
まだ彼に出会って数日しか経って居ないのにも関わらず、僕は彼と色々な話をもっとしたいと思う。ただ、純粋に。

すると、同時に遠くから亮君の名前を呼ぶ声に僕は気が付いた。勿論、亮君も気が付いたみたいで、僕は誰だろう?と疑問を抱けば彼は僕のクラスの方ですね。と、のんびりと言葉を紡いだ。

「何かあったの?」

『組み手の授業後、抜け出してしまいましてね。誰にも言わずに他の授業を受けていなかったで…』

ああ。多分それで亮君のクラスの人が心配しているのだろう。
だったら、今こうやってのんびりと会話をしている場合ではないだろう。
僕は自身からまたね、亮君と言えば意図を理解したらしく、はい、また後ほど。と軽く挨拶を交わして彼は呼ばれている方へと歩き去ってしまった。
丁度昼時だから一緒にご飯を食べようと思ったけど、今回は仕方ないよね。

僕は、教室にいるだろう藤内を誘いに戻った。












100512

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