謳えない鹿 | ナノ



静かに佇む亮との距離を詰めた勘右衛門は、直ぐ様薄桜色の視界から姿を消した。
勿論、今までそこにいた筈の人物が姿を眩ませた事に、あれ?と首を傾げた亮だったが肩幅程度に開いていた右足を上げるや否や突如としてその場にて振り払った!

瞬時に鳴り響いたのはパン!と言う音。
皮膚が叩かれる様な音では無く、生地がぶつかりあった様なものに近かった。故に驚いた。

目の前の2人に。



「!?」


足払いをかけた筈なのに、相手に触れる前にその足自身に防がれる。
攻撃が相手に止められる。別にそれほど驚くものでは無いものの、よもや自身の攻撃を避けるでは無く止める行為に出た目の前の存在に、勘右衛門自身は驚いたのだ。

勘右衛門はい組では上位に加わる位の生徒であり、兵助と1、2を争う相手が彼自身なのだ。
俊敏、瞬発と学年でも1番と言われる位の速度の攻撃を回避するだけでも至難だと言うのに……。

目の前の編入生は難なく止めた。
しかも、片足のみ。
手は未だに後ろで組まされており、隠れた前髪で瞳に写す感情が伺えない。
が、間を開ける事無く亮は止めた足でそのまま彼を強引に押しやり、体制を崩させる。が、やはり成績優秀ない組の生徒。そうやすやすとは転んではくれなく軽やかに後退し、間を空けた。
その顔つきは酷く険しい。


「亮君、前の学園では三年生だったと言う話は本当かい?」

『はい』

と言いましても、数日前のお話ですが。と口元を隠す彼に、嘘だろ?と舌打ちする。

今の足払いを受け止めた事はよしとしよう。だが、今自身を払いのけた力は酷く重い。
あれを食らえば流石の彼でも怪我で済みやしない。しかし、それでも彼が纏う気は相変わらず穏やかなもの。
ギャップが有りすぎる。

その余裕な仕草が忍たまには不釣り合いに見えた。


そう思えば、嫌な寒気が彼の背筋を駆け上がる。どう攻撃する?彼の組み手の方法は?頭脳を使いながらのやり方は、今は欠席している兵助が得意とするだろう。
自分には不向きだ。
ならば、組み手は組み手らしく…


「(真正面から!)」


堂々と亮へと駆け出した勘右衛門に、い組からはどよめきの声が挙がった。
それに、亮はふむ。などと呟いては組んでいた手を離しては小さく構えた。

間を詰め寄ってきた素早い勘右衛門を見つめては、亮は緩やかに唇を動かす。


『慣れない戦法での組み手は、オススメしませんよ尾浜さん』

「?!」

まるで耳元で紡がれたかの様なセリフに、一瞬速度が落ちたかけた。しかし、すぐさま拳を作り上げた勘右衛門は左下からの振り上げるも亮に塞がれる。
たたみかける様に反対側からの打撃へと素早く切り返すも、先に塞がれた拳を強引に亮へと引き寄せられた。

「っ!」

しかし、足払いを振り払った時の脚力とは異なり腕の力はそれ程無い。
力の配分が理解出来れば、後は此方のやり方次第で手は打てる。
引き寄せられた体を持って行かれない様に足で踏みとどまり、耐えながらも片足に重心をかけ一気に首筋へと蹴りを一発入れようと振り込んだ。
この蹴りが首筋へと入れば彼には一瞬の隙が生まれる。

そこから更にたたみかければ!

と思っていた矢先である。
重心をかけた筈の脚が小さな衝撃を受けた途端にいきなりガクンと力が抜けたの様に支えを失った。視界が大きく揺れては同時にバランスを失った体がふわりと宙を飛ぶ。

唯一視界が捉えたのは青が混じる澄んだ空に浮かぶ雲。

なぜ雲が?

現実について行けない思考回路は、目の前の青と白に魅入るもヒュン!と風が切る音に疑問を抱いたまま大きな音を立てた。
それは己の背中から放たれたものであると理解した時には、鈍い痛みが背中を支配。
グッと胃からこみ上げるものを苦痛と共に口内でかみ殺すも、目の前がチカチカと変な不気味な光が映り出す。そんな彼へと降り注いだ黒い影がなんなのか?まだ頭が追い付かない中で速度を上げてはぐんぐんと近付いて来た。


「っ勝者!摩利支天!!」

遠くで先生が彼の名前を呼んだ。途端に影はその場でピタリと止まり、彼へと振り落とされる事は無かった。
しばらくすると、影は視界の端へと消えていき、次に視界に映ったのはちょっとぼやけた桜色だった。





『立てますか?』

亮君の声だと頭が追いついて来た時には、チカチカと変な視界は治まっており口元を抑える彼の姿が鮮明に瞳へと写される。

「ちょっと……」

と苦笑すれば、彼が手を伸ばす様子に正直ありがたく、遠慮無く手を掴めば彼は俺を静かに起こしてくれた。
未だに痛む背中をさすれば、不安そうにこちらを見つめる亮君に俺は笑ってみせる。




「強いね、亮君」

『ふふ、ありがとうございます』


今ので俺は結構息切れしているのにも関わらず、彼はそんな素振りが全く無い。

手加減をして欲しいと言われたが、どうやら彼には不必要だったらしい。
勿論そうするつもりだったが、足払いを止めたあの瞬間から俺は本気で挑んだ。しかし、挑んだ瞬間に多分彼に投げつけられて負けたのが先ほどの結果。
正直驚き、未だに胸のドキドキが止まない。
数日前まで三年生だったと話は嘘じゃないかと思った。だって、彼は現五年生の俺を打ち負かすと言う事をやってのけたのだから。何故、飛び級したのか。

その理由が今になってやっと理解できた。



未だに呆然とする五年生が描く弧の中、俺は彼へと手を差し出せば小さく首を傾げた彼へと再び笑いかけた。



「五年い組、尾浜勘右衛門。改めてよろしく!」

そんな俺に一瞬驚いた彼は、先に出した俺の手へと合わせてはまたあの穏やかな笑みを浮かべた。

『編入で入りました五年は組、摩利支天亮次ノ介と言います。以後、お見知りおきを』










同時に、沸き立ったは組の声がその場一帯へと響き渡った。









100421

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