謳えない鹿 | ナノ



大きく弧を描くそれは五年生の生徒達。
その中心でペアになった2人組の五年生が組み手を行うと言う光景がそこにあった。

洞察力と集中力。それは見学側に組み手側の両者に向けられたものである。
人の目の前で行う組み手は、相手から視線をそらさずにどれだけ集中し打ち勝つ事が出来るか?
目の前で交わされる組み手のひとつひとつ、それらを自身ならば次の攻撃を仕掛けるか或いは回避するか?
そう行った意味合いがこの組み手の中に込められているらしい。

この組み手の深い意味、それを理解している生徒は目の前の組み手を深く観察し、組み手側は辺りの視線を気にする事無く相手に集中する。

勿論ちゃんと理解出来ない生徒は、ただ眺めるだけとなる。

パシン!と響く音を拾い、目の前の組み手を見つめる亮に勘右衛門は横目で見るもすぐさま組み手へと戻される。

同時にい組の生徒がは組の生徒を足払いし、それに驚いた彼は受け身を取る事なく派手に尻餅を付いた。
その瞬間に腹の上に乗ったい組の彼はは組の生徒の首へと手を当てた所で、先生の声によりい組の生徒の勝利を告げた。

瞬間にい組からやっぱりな等と言った呟きがこぼれ落ち、は組からは拍手が送られた。

先ほど組み手を行った2人は一礼をし、制服についた土を払いながら輪の中へと入って行った。
やはり、全力で行くい組と手加減するは組では勝ち星の数の差が有りすぎた。
現にい組は土埃を払えば終わる程度が、は組に関しては腫れ上がった頬に、鼻血が未だに止まらない輩などものの見事にズタズタで哀れな姿があった。

そんなは組の姿を眺めては、先生はこめかみを抑えるしか無い。

やはり、今回も駄目だったか。
そんな事を思いながら次のペアは、と五年生の集団を見渡せば2人の生徒の姿が瞳に映り込んだ。

「尾浜、摩利支天ペア、前へ!」

名前を呼ばれた尾浜が先に立ち上がれば、後に続く形で亮が立ち上がった。
彼について行く形で弧の中へと向かえば、四方から五年生達の言葉が飛び交う。
三年からの飛び級編入生らしいぜ。よりによって勘右衛門が相手って…。は組に入った事が運の付きだなありゃ。にしては背高いな。
などと、言い放題である。勿論それは勘右衛門の耳へと届いており、亮へと近寄れば悪い人達じゃないんだ。と言われれば亮は気にして居ません。と笑って返した。

それに小さく安堵した彼は、ありがとう。とだけ言い、弧の中心である定位置へとついた。
それに向かい合う形で亮も立ち、勘右衛門と対峙する。


「お手柔らかにね?亮君」

『此方こそ、手加減は無しでお願い致します』


などと、小さく笑う彼に、胸の中でそれは出来ないよ。と苦笑する。

同時、2人がちゃんと定位置についた所で、先生の開始の声がその場へと響き渡った。











が、2人は動かなった。

勘右衛門は亮の出方を窺い、攻撃された瞬間を受け流すつもりで一歩も踏み出そうとはしなかった。一方の亮は後ろに手を組み、肩幅程度に足を開く程度で終わる。

勿論この2人の動作に驚いた五年生達だが、誰一人も口を開く事なく2人を見据えるだけ。


「来ないのかい?」

『相手の出方を伺い、待機するのも忍の基礎の一つです』

「しかし、それでは俺達の組み手は終わらないよ?」

『では、尾浜さんに先手をお譲り致します』「理由を聞いて良いかい?」

『僕、奥手なんです』

と、再び笑う彼に勘右衛門はまいったな、と頭を掻いた。勿論、その視線の先には先ほど亮と組んで欲しいと頼んできたは組の彼が居た。
彼は駄目駄目!と矢羽根で訴えかけて居るが、相手が手加減する事を望んでいない様子に、仕方ないと呟いた。

「(軽く転倒させれば良いよね?)」

と決め、は組の彼にとりあえず後で謝罪でもしよう。等と考えては地を蹴った。

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