謳えない鹿 | ナノ



お早う御座います。

昨日聞いたばかりのその声に彼はすぐさま後ろへと振り返れば、白い包みに通された紐を肩から下げる背が高い男の子、思っていた通りの人物が其処に居た。彼は昨日同様の笑みを浮かべては、控えめに口元を押さえている。制服は上級生のままではあるが、そう遠くは無い内に自身たちと同じ制服の色に袖を通すだろう。
上級生と自身の学年の制服の色は少し似ているが、彼にはやはり同学年の制服を着ていてほしい。
そんな事を思いながら、彼、亮と三反田は食堂へと向った。



昨日と異なる光景といえば、人の多さと密度の高さだろう。

様々な学年の色合いが食堂に密集し、昨日とは打って変わっての景色を亮の瞳へと映し出す。がやがやと様々な会話が交差するその空間は前の学園では決して見ることのない世界の一つ。授業の内容やこれからのテストの範囲の中身、手裏剣の上手い投げ方を話し合う下級生の言葉にまだまだ先だろう昼休みの過ごし方、そして昨日彼が言っていた委員会の話など本当に色々である。

これがこの学園の忍たまか。そう思いながら、おばちゃんに朝の挨拶をする。
今日は三反田と異なるものをお願いすれば、その定食の中に彼の好く好物が入っていることに気が付く。彼に交換しませんか?と問えば是非!と、嬉しそうな笑みが返ってくる。

この時間帯は生徒が込み合う時間帯らしく、席に座ることが困難なんですよ。と言っていたが、丁度他の三年生が食べ終わったらしく、上手い具合に入れ替わりで席に着くことが出来た。
三反田が二日続けて不運じゃない!と言うその様子に亮は良かったですね。と返しながら共に席に着いた。

席については彼とおかずを交換し、この学園の一通りの流れに耳を傾ける。

朝はこの時間帯に朝食が始まりあと数刻もしない内に一時間目の授業が鐘と共に開始される。

そこから短い休憩を挟みながら四時間目までの授業、後に昼食をとり昼休み休憩、其処からは授業を二つ、つまり五時間目と六時間目の授業を行い放課後となり夜食に就寝時間となる。

この昼休み中には委員会の活動や手裏剣の鍛錬、他にも様々なことをしても良いのだと言う。

それは最後の六時間目の授業を終えた後も同じで、同様に委員会活動、鍛錬、お風呂にも入ってもよいらしい。しかし、この風呂に入るときが一番気をつけなければならないと三反田は言う。


『何故ですか?』

「風呂に入る順番ってのが無いんだ。だからタイミング悪いとき入れば浴槽は泥だらけはたまた上級生の集団の中に自分ひとりだなんて事がね…………」

それは三反田さんの経験上からですか?と苦笑すれば、まぁね。と同様に苦笑し返って来る。

上級生は実践での授業が多いらしく、夜更けや遅くに入浴するらしい。それは鍛錬に出ている生徒も同様で遅くに入れば彼等と接触する確立が高くなると言う事。

無意識に動いた亮の眉間だが、それを遮る前髪に寄り彼の小さな変化を感じ取ることは出来ない。


『鍛錬は自主ですか?』

「そうだよ。先生方に教えてもらうこともできるけど、中には忙しくて出来ない先生方も居るから。その時は先輩方に教えてもらうことが多かったり、自分でひたすらやる人だっている」

『成程、本当に自由なんですね』



漬物を摘みながら、その感触に目を細めていたときである。
此方へと向ってくる存在に亮は振り返ることはせず、視線だけを横へとスライドする。一歩二歩と歩むその存在は確かに此方へと向っている。かんでいた漬物を飲み込み、湯のみへと手を伸ばしたところで三反田がその存在に気が付き、声を掛けた。

「おはよう作兵衛!」

「お!数馬か?!今日は早いな」

明るい声を上げた彼の声に、ふと記憶の中に聞き覚えのあるものだと思えば、彼は三反田の隣へと断りを入れてから腰掛ける。そして亮に気が付いた彼はあのときの!と声を上げた。それに対し、湯のみへと口をつけようとした所で亮はフフと笑みを零した。

『昨日以来ですね、ちゃんとご挨拶が出来ず申し訳有りません。僕は亮と言います。苗字と名前は長いので、亮と呼んでください』

「お、俺、富松作兵衛っていいます。小松田さんから聞いてます。昨日来たばかりの編入生、で有ってますよね?」

『はい、よろしくお願いします。富松さん』

「俺のことは呼び捨てで良いですよ!亮先輩!」

「作、作」

「何だよ数馬」

「亮君、おれらと同じ歳だよ」

「うぇえええっつぐふ!」

と、行き成り叫びだした彼の口を三反田が慌てて塞ぐ。

驚いた様子で数馬へと視線を向けてはコクコクと頷いており、亮へと向ければ再び穏やかに笑っているだけ。
彼は分かった分かったと数馬の手を叩けば漸(ようや)く離してくれる。


「嘘だろ数馬?」

「本当だって、前の学園でも三年生だったって・・」

『はい、三反田さんの言うとおりです』

「でもでも、制服は六年生のですよね?」

『拝借中です』

「信じられないな・・・」

多分それは、亮の身長やその口調のせいだろう。落ち着いたその物腰は同級生とは思えない。

「えっと・・それじゃ、亮君、で良いのかな?」

『はい、構いません』

それじゃ、よろしく亮君!と差し出された彼に亮は此方こそ。と、その握手に答えた。
そこで、彼と握手した作兵衛は白く骨ばった亮の手に、確かに同額年らしい手だと思った。勿論、その間で僕も僕も!握手を求めてきた数馬に亮は答える。
そこで作兵衛は思った。

「じゃあ、亮君はどのクラスに入るんだ?」『クラス?』

「い、ろ、はの三つがあるんだよ」

『それは聞いては居ないですね。今日担任の先生がお声を掛けて下さり、共に教室へと向うとしか聞いていないです』


と言うと、数馬は一緒のクラスになれると良いね!と言えば、彼もはい!と嬉しそうに答えた。

そんな様子を眺めながら、富松は穏やかなものだと思った。いつもは二言目には不運だ!とか何で僕は不運なんだろうと言っている数馬だが、彼、亮君といるときはその根暗っぷりが嘘の様と思う。
昨日は迷子常習犯である2人を探しに出た後、直に慌てていた小松田さんに遭遇した。
彼は此処に入る編入生に制服を着用後に、校舎を繋ぐ廊下前に来るように伝えたらしいが違う場所を教えてしまったらしく、居なくなった彼を探しているから見つけたら声を掛けてほしいとの事だった。

自身も迷子を捜しているんですけど、と言い返すも、彼はその編入生の特徴だけを伝えては消えてしまった。

あの時はどうしようかと思ったが、運よく2人が彼と一緒に居るところを見た瞬間は助かったと安堵した。
背丈が高いし丁度六年生の制服着ていたから先輩だと思っていたけど・・・


「(亮君が同級生だとは・・・)」


この見事な落ち着きっぷり、頼むからあの迷子組にも分けてくれ。
そう思いながら俺は茶を啜った。












100417

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