謳えない鹿 | ナノ



食堂が賑わう前に食事を終える。三反田さんの提案で学園内を一回り程見て回ろうと、共に行こうとした時だった。

入門票を追いかけていた小松田さんが何故かボロボロに成りながら帰ってきた。
無事に入門票を手に掴んでいるところを見る限り、仕事に誇りを持っている人間なのだなと思う。

僕は小松田さんにお二方と学園内を見学に回ることを伝えれば彼は困った表情をする。

何でも、この後細かい書類の記入や他にまだ済ませていない物があり、それらの手続きを全て済ませてほしいとの事だった。

お二方へと視線を向ければなんだか不満そうな(三反田さんなんか膨れていたが)顔付きだったが、またお会いしたときに案内をお願いすれば絶対だよ!と約束を交してはお二方と別れた。

小松田さんと共に事務室へと向えば、未記入の書類が自身を歓迎してくれた。

其処からは何かといろいろと大変で、あまり記憶したくない惨事ばかり。ずっと書類と向かい合っていた自身に気を使ってくれた小松田さんが「お茶を入れましたよ」となんとも穏やかな気を纏いながら部屋へと入ってくるが、何も無いところで転んでくれたお蔭でお盆にのる二つの湯のみが宙を舞った。

勿論それに驚いた僕だったが、急いで辺りの紙の山を払いのけ小松田さんの腕を引けば同時に湯のみの水しぶきが鳴り響く。湯のみから零れる熱々のお茶は床に染込みながら静かに零れ、払い退けれなかった僅かな紙へと侵食する。
彼と共に転ぶ形で尻餅ついた自身だが、彼が火傷をしていないことを確認してから床へと目を遣った。

染みを作る紙は大切な書類ではなかったことにとりあえず安堵する。

謝罪する彼に気になさらずといいながら共に床を磨き、他愛もない会話を交していたらいつの間にか外は真っ暗で、時間の経過が早いと思った。

とりあえず今日中に必要な書類は全て終えた自身は、今こうやって自室に居る。

事務室から出て数歩歩いた所で、再び小松田さんの悲鳴まがいな断末魔が聞こえたがあえてスルー。と言う選択を取らせて頂いたのは此処だけの話だった。


暗い室内にいた自身は蝋燭に火を灯さずに、部屋の内部を隅々回る。壁に触れ隣の音が聞こえれるかと耳を済ませたり、床の軋む音を一歩一歩チェックする。

そのあとは天井裏へと上れる場所を確認してからやっと一息ついた。

『・・・・』

耳を澄ませば遠くから生徒の声が鼓膜を揺らす。

床へと手を這わせるも近くの廊下を歩く気配も無い。皆、ちゃんと部屋に居ると言う事。
本来であれば此処から二部屋隣にいるであろう彼等に挨拶をしに行かなければ成らないが、こんな刻限である。

相手に失礼だと思い今日は控えよう。

小松田さんの話では、自身が入る学年の制服は明日の夕食後に手に入るらしく。其れまでは上級生の制服を借りる形となる。勿論先生方にはちゃんと話が行っているらしく、間違う事はまず無い。

そして、最大のもう一つの問題も。



『・・・・』


いつの間にか閉じていた瞳を開けてもやはり世界は暗闇のまま。その先にあるのは自身が今の今まで大切にしていた三味線と荷物、そして未だに布に包まれている荷物。学園を去る際に先輩が今まで預かって居たものだと、自身があの学園から離れる時に「想い出は必要だろうが」とくれた品物。
勿論本当にありがたい事この上なかった。

でも、今はそれに触れようとは思わない。今は「コレ」で十分。

止まりかけた呼吸を再び再開し、フッと襖へと視線を向ける。

先日行われた卒業試験。彼はふと思い出した。

自身を入れての先輩方三人でその試験に挑み、言われていた通りに試験を合格した時。あの時は本当に喜んだ。先輩達との会話で自身も一緒に卒業するかもしれない。と。




廃校になると言う話は担任の先生が前々から話をしていたのを彼は知っていた。故に先輩と共に卒業試験を行って合格して・・これで自分も晴れて一人の忍者として忍の世界へと入れる。

だから、学園長と先生が編入の事を言い出したときは本当に驚いた。

先輩はもう15歳。忍者としての出発には丁度良い年齢だと言うが、自身は未だに12か13歳。どれだけ大人引く態度や知識を持っていても、学ばなければならない事が沢山あると言う事でこの学園に編入。

先輩達は一人前の忍者として出発、先生は実家に帰り今まで野放ししていた畑を耕しに帰郷。学園長はまさかの雲隠れ。お歳なのだから、無茶だけはしてほしくないものだと思った。

ザワザワと擦れあう木々の音に瞳閉じても、再び暗闇が視覚を埋め尽くした。


『(・・・明日は早い、もう寝よう)』


零れそうになる欠伸を噛み殺し、彼は荷物へと近寄り中身を漁った。






ガサゴソと音を鳴らす一つの部屋。暫くすると音が止み何も無かったかの様のな空気が其の場に流れた。















100417

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