謳えない鹿 | ナノ



『其処のお2方、失礼します』


聞き覚えのないその声を耳が拾ったと同時に、声がした方向へと振り向いたのは俺の隣にいた左門。
何だ?といわんばかりの表情で振り返れば見慣れた松葉色の上級生の制服が瞳に映りだした。

なんだ、6年生か。なんて思うも、一体誰だろうと上へと視線を向ければ瞳が見開いたのは無意識。上級生となればそれなりに実力も付き、同時に学園を辞めて行く者も少なくは無く、下級生の生徒の人数と当てれば断然に上級生の人数は少ない。
だから、今の6年生の名前を全員あげろと言われれば苦労する事無く言える位の自信は有った。

だけど・・・

『小松田さん、と言う事務の方を見ては居ませんか?』

途中ではぐれてしまい困っているところで…。

と、目の前で笑うその男に、俺達2人は硬直したまま動くことができない。

身に纏うのは最上級生の松葉色の忍者装束。すらりと伸びた背丈ではあるものの、潮江先輩の様に体付きが良いとは言えない。それでも、視線を少し上げて見上げるこの高さは5年生と酷く似ているものがある。(あれ?でもこの人の方が少しでかい気がするかも)
目元には長い髪の毛が前へと流されている為に、その素顔がどんなものかは分らない。しかし彼が纏う雰囲気から酷く穏やかなものだと3年ですら理解できた。
背中からはチラリと覗く長い包みが顔を出す。
その片方には変わった包みをてに持ち、大きさから見てそれは何かの荷物なのだと分る。

でも、そんなものより俺達の視線を一番に奪ったのは、その人の頭髪の色合いだ。

今まで見たことが無い。

先輩方の白髪や髪結いの編入生や不運委員会の奴など、確かに視線を集める鮮やかな頭髪の持ち主は居る。だけど、彼等の中では更に目立つではないかと思える位の色が瞳に写る。

薄桜色。

桜よりも更に色彩が薄く、白に近いといっても過言ではないかと思った。変わった髪形で、高く結われ風が吹けば灰桜色の影が生まれる。

6年生の制服には酷く映えてしまう。悪く言えば男が薄桜色の髪を持つと言うおかしな組み合わせではある。周りは黒髪ばかりであり変に目立つ一方の彼はと言うと、リアクションの一つすら見せない二人に困り、疑問を頭の上に浮かべているしかなかった。

すると、どこからとも無く響くその振動が三人が踏む廊下の床を伝わり、それが此方へと徐々に近付いているのだと理解する。
廊下の角を曲がった先か一人の人物が現れた途端に「此処に居た!!!」と悲鳴紛いな声が其の場に響き渡った。


「なんだ、やっぱりこっちにいたのか作兵衛?」

「お前等なんでこんな所に居るんだよ?!」

「何でって・・迷子の作兵衛を探してだな・・・」

「迷子なのは俺じゃなく、お前等だ!!」


廊下の向こうから遣って来た彼は2人に駆け寄るな否や、ゴッとなんとも痛々しい音を生み出しながら二人の頭を殴った。
勿論それなりに鈍い音を鳴らした効果もあり、2人は変な悲鳴を上げながら其の場にしゃがみ込んだ。


「作兵衛!!何すんだよ!」

「こっちの台詞だ!実技の授業で校庭に集合するのに、何でこんな正反対の門近くにいるんだよ!」

「あれ?もしかして校庭移動した?」

「するわけないだろ?!」

この馬鹿!!と再び2人に拳が落ちる。すると、もう一人居ることに彼、富松は気付く。
自身たちよりもいくらか身長の高く、白に近い薄桜色の長髪。そして、6年生の制服を着る男。彼は目を見開いては、ああ!!と再び声を上げた。そして、自身が今し方来たばかりの廊下へと振り返っては人の名前を呼んだ。

「小松田さん!!こっちにいましたよ!」

その台詞に、彼等、三之助と左門は「はて?」と困惑するも、作兵衛は再び彼へと向き直る。


「小松田さんが間違えて道を教えたって・・」

『成程、理解できました』

口元に手を当てては控えめに笑う彼。そんな彼に未だに頭が付いていかない2人が居るも、何処からとも無くヘムヘムの鳴らす鐘の音に作兵衛はマズい!!と声を出し懐から二本の紐を取り出した。

「では、俺達は失礼します」

と、目の前の彼に一礼し、キョトンとする左門と三之助に縄を潜りつけては突如として走りだす。
勿論それに驚いた二人は抗議の声をあげるも、作兵衛は聞かないふりを通しバタバタと廊下を走っていく。

「ちょ!作兵衛!」

「今は実技の授業が先だ!話は後!!」

そういっては更に速度を速めた友人に方向音痴で有名な二人は悲鳴を上げるしかできなかった。



先ほどまでそこにあったその姿は、土煙を上げては自身の目の前から姿を消して居た。

ひょっこりと顔を覗かせたその人物に、彼は聞きましたよ。といえば、寄ってきたその人物はごめんね。と頭を掻く。

「こっちの校舎とむこうの校舎似ているからさ、つい間違えちゃった」

『いえ、こうして無事に合流できただけでも、僕は安心していますよ』

他愛無いの会話をいくつか交わした後、小松田さんと呼ばれた彼の「学園長の所に行きましょう」と言う言葉により、移動を始める。









10.0323

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