最初は単純な好奇心だった。
俺は人間が好きだからその全てを知りたいと思うし愛したいと思う。
個人に興味がないのは確かだが、人間を愛すべき俺が人つまり個人との関わりを無くして生活する事など不可能だ。
だからこれもきっと、人間をもっと深く知り愛す為の純粋な好奇心だと信じて疑わなかった。
だけど今は、今は…─



◇◇◇



それは、俺がまだ高校生なんてつまらないものをやっていた頃のある夏の話。


(計画実行日和、だね)


普段は一部(主にシズちゃんと不本意にもいつも巻き込まれてしまう可哀想な俺)を除いては比較的静かな来神高校も、昼休みとなれば学園全体が火でも付けたかのようにワッと騒がしくなる。若さ故か、はたまた授業中に溜まったストレスを発散させる為かは知らないが昼休みの学校というのはエネルギーの塊のようなものだ。暑いのにご苦労な事だな、なんて下らない思考を巡らせながら屋上に続く階段を上がる。鍵の壊れた安っぽいドアを開ければ、広がる青の中に一人佇む見慣れた人物の背中が見えた。


「ドータチーン!!」
「…ドタチンって呼ぶな臨也」


呼び慣れた愛称で声を掛ければ少しだけ眉根を寄せて此方を振り返り、すっかりお決まりとなってしまった台詞を言い放つ。
ドタチン、こと門田京平。
俺の今の観察対象。
シズちゃん?あぁシズちゃんはいいんだよ。もう暗殺対象になったからね。
だってドタチン見てる方が今は面白いしさ。


「あっれ、そういえばドタチン一人なの?」
「静雄達なら飲みもん買いに行ったぞ」
「ふーん…」


白々しく姿の見えない残り2人の行方を尋ねると、律儀に(俺がまたドタチンと呼んだ事についての小言は無しで)ドタチンは答えてくれた。
あまり認めたくないのだが、昼は俺とドタチン、シズちゃんに新羅の四人で食べるのが定番になっていた。主にシズちゃんが居るのが気に食わないが、ドタチンに飯の時ぐらい喧嘩すんなと言われているので昼休みだけは大人しくしてやっている。
ドアの傍の日陰に腰を下ろし、コンビニで買った携帯用食品の箱を開けて中身を取り出す。食欲は無いのだが、とりあえず体に何か入れないといけないので一口だけ口に入れた。


「…臨也、お前なぁ…」
「?なーに、ドタチン?」


上からドタチンの声がしたので顔を上げれば、分かりやすく呆れた顔をしたドタチンが居た。やれやれ、とでも言いたげな表情で俺の近くに腰を下ろす。多分もっとマシなもの食えよとか言いたいんだろうなというのは分かる。だけどコンビニ弁当持ってるドタチンこそ人の事言える立場じゃないだろうに。


「食欲ないんだもーん」
「うるせぇ何かもっとマシなもの食え。ぶっ倒れたらどうすんだ」
「大丈夫だよー俺いっつもこれで生活して…あ、別に金無いとかじゃないからね?」


反応は予想通り。
それに計画も順調だ。
実は自販機にちょっとした細工をしておいたからシズちゃん達が戻って来るのにはまだ時間が掛かるだろう。
此処からが腕の見せ所、ってやつだ。


「分かったから何か食「え、何々ドタチンってばそんなに俺が心配なのー?」
「………は?」


ドタチンが俺の問い掛けに目を丸くする(比喩表現の一種だと思っていたが、実際に人は驚くと目が丸くなるのだと俺はこの時初めて思い知った)。
やっぱりドタチンって面白い。
笑みが込み上げるのを悟られないように噛み殺し言葉を紡ぐ。


「ほんっとドタチンって世話焼きだよねー、お節介?とはまた違うけどさ」
「あのな…」
「んー?でも普通ただの友達をそこまで心配する?」
「いざ「あ、もしかして!」


芝居がかった口調で勝手に話を進める。止めようとしたって無駄だよ?ドタチン。俺、知りたい事は何処までも追求しちゃうタイプだから。
一旦言葉を切り、たっぷりと間を取ってから口を開く。


「ドタチンって俺の事好きだったりして?」


ニコリ。今度は隠す事なく真っ直ぐにドタチンを見据えて微笑んでみせた。
一秒、二秒、三秒、ドタチンは動かない。
静寂が訪れた空間に響くのは耳障りな蝉の鳴き声。ジリリ、ジリリと聞こえる筈もない太陽の照り付ける音が聞こえそうな程の暑さに、ドタチンの額から汗が一筋伝う。
暑い。でも動けない。動かない。
暑い。暑い。暑い、暑い、暑い…─


「いいいいいいぃぃざああああぁぁぁやああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


突如、屋上と校舎を繋ぐドアが言葉通り『吹っ飛んで』見飽きた天敵の姿が現れた。
その声に俺よりも早くドタチンが反応し、素早く俺から距離を取る。口元を押さえてはいるが、耳が真っ赤なのがバレバレだ。
それにしてもシズちゃんってば本当に俺の邪魔ばっかりしてくれるよねぇ…もうちょっとだったのにさ。


「…なーにシズちゃん?自販機が全部ホットにされてたからってそんなに怒らないでよ」
「ってめ、やっぱり手前の仕業かよ…うっし決めた殺すぜってー殺す確実に殺す」
「ちょ、落ち着きなよ静雄、外の自販機なら無事らしいからさ。ね?ね?」


俺達三人のやり取りに参加するでもなく、無言でドタチンは出入口へ向かう。
表面上は冷静を装っているが、まだ若干耳が赤い。その後ろ姿に向かって声を掛けた。


「あっれ、ドタチンどこ行くのー?俺の質問の答えはー?」
「……、用事思い出したんだよ。あと、下らねぇこと考えんな臨也」


此方を振り返る事なくそれだけ言うと、ドタチンはそのまま階段を下りて行ってしまった。でもドタチンってば弁当も携帯も置き忘れてるし、ちょっとは焦ってくれてたのかな。


「あーぁ、シズちゃんのせいで失敗しちゃったじゃーん」
「意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
「二人共、早くご飯食べないと昼休み終わっちゃうよー?」


新羅の一言に促されるようにしてシズちゃんが渋々腰を下ろす。
喧嘩相手も観察対象も失い手持ち無沙汰な俺は、一人ポツリと呟いた。
その呟きは誰にも届く事はなく、相変わらず鬱陶しい蝉の鳴き声と茹だるような暑さの中に溶けて消える。


「こんなんじゃまだ駄目、か」


それでは誘惑の準備を

(いつになったらこっちに堕ちて来てくれるのかなぁド・タ・チ・ン)
(臨也のヤツ…絶対確信犯だろ…)




───────


企画『取り越し苦労』様に提出させて頂きました
素敵な企画ありがとうございました^^!

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -