外は雨、6月だが蒸し暑さを肌で感じる真夜中に、未だにスーツを着て、フロントガラスの水滴を邪険に睨みながら帰路へと急いでいるのは、他でもない。肘をついてずっと窓の外ばかり見続けている、聖帝イシドシュウジ。もとい豪炎寺修也のせいである。

仕事が終わって帰ろうとした途端、突然イシドさんから電話がかかってきた。何事かと思ったが、バーで酒を飲んでしまったので迎えに来いというものだった。本気で呆れたが、上司なので命令を無視する事も出来ず、なんで自力で帰れなくなる事は分かっているのに、飲
むのか。とかそんな派手な格好で出歩くのか。とか聞きたい事はたくさんあったが、まずは存外平気なような、しかし薄く頬を火照らせたイシドさんを自分の車で回収するべくにして、今に至るのだ。

勿論、私が運転してるのだが、隣の彼は乗る際に「すまない」と言っただけでうんともすんとも喋らない。正直、気まずい。一応お付きあいしているがだからといって、踏み込んだ話も出来ない。この人は聖帝イシドシュウジであり豪炎寺修也なのだから。


車体に叩きつける雨音がうるさい。でも私達二人とも喋らないから、少し助けられたようであった。
そう思ってると、突然イシドさんが呟くように口を開いた。
「少し横になりたい。シートを倒していいか。」
突然の意外な問い合わせで吃驚した。
はい。と言って、時間も時間だったから交通も疎らな小道の脇に停車することにした。雨だし車から降りるのも面倒なので、勝手が分からないイシドさんの為に、助手席の左側にあるレバーを手探りで探すことにした。この体勢、イシドさんに横から覆い被さるようになるので正直、恥ずかしいのである。なにぶん、片側に相手を乗せる事は無いため不安だが、とりあえずレバー辺りをカチャカチャしてみても、一向にシートは下がる気配を見せない。
イシドさんの急かすような雰囲気におされ、自分もシートベルトを外して身を乗り出すようにして探す。本格的に、覆い被さる形になったからさあ大変。視線をどこへ合わせたらいいか分からないし、焦りと車内の熱気でクラクラしてきた。
それらしいレバーを見つけて、引き上げたらがくんとシートが良いかんじに倒れた。
余りに急にがくんとしたので、イシドさんも私も驚いていた。それと合わせて、まるで私がイシドさんの両肩に両手をついて押し倒し、今にも襲わんとしているみたいになってしまったからでもあった。

「…………………………」
「ひっ!すいません!」
混乱する私とは反対に、イシドさんは私をしっかり見つめ、無言のままである。急いで退こうとしていた私の腕を右手で引っ張り、左手は私の頭を抱えるようにして止まった。
車内は湿気で蒸し暑く、彼の仄かな香水と、カクテルの薫りでぼうっとしてきた。温度からかネクタイを外してはだけたシャツから見える褐色の肌が悩ましい。
「名字…謀ったのか?」
「そっ…そんな事はありません!」
「どうかな…。最近はご無沙汰だっただろう、名字。」
無実の嫌疑をかけられて、戸惑う私は、自分の太股に彼の手が滑り撫でようとしているのに気づかなかった。
「やっ…止めてください!この酔っ払い!」
「フッ、満更でもないくせに」
本当に調子に乗り出したぞこの酔っ払い!脚を撫でる手は、次第にスカート近くまで迫ってきた。バサリと捲り、中までイシドさんの大きくて固くて熱っぽい手が入ってきた。その片方の手で、私の頭を自分の顔に近づけてくる。イシドさんの熱い吐息が鼻にかかって、おかしな気分になりそうだった。

「キスしていいんだぞ、名前」
そうやってしたり顔して挑発して…本当に、器用な大人である。




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