「…大丈夫か?」



鼻いっぱいに広がるいい匂い
じわりとあたたかい身体
ほこり臭い周り

どうしてこうなった!


鼻先に僅かに斜線の入っている高そうなワインレッドのネクタイがこすれる
ドキドキと自分の心臓がうるさいくらいに踊っているのがわかった


下から、あ、いや頭上ぐらいから降ってきた低くて心地よい声にギクシャクしながら「はい…」とうなずいて答える


私のちょうど頭の真上には、私の下になっている鬼道コーチの腕があって、ボールかごの柵を掴みながら荷物が落ちないよう防いでいる、みたいだ

コーチの左腕は私の腰をがっちりホールド!
それにギューンと内蔵的な何かが絞られた感覚がする


鬼道コーチをまるで押し倒したかのようなこの体制。いやいや!ちょっと違うかなっ。鬼道コーチに抱き締められて、いるから私には非は、とかそうじゃない!


実は

ドリブル練習をするコーンの数が足りないとキャプテンに倉庫から取ってきてくれと頼まれた私
鬼道コーチに鍵をお願いすれば「俺も資料をとりたかったから丁度いい」と一緒に中まで入ったのです


はい!ストップ
ここで一時停止!



この時点で私はチョーワクワク状態。何を隠そう、私は鬼道コーチが大好きなのだ
クールだし大人の色気ムンムンだしオーラがカリスマだし声低くていつでも冷静で…でもサッカーになるとスゴく熱い…ギャーッ!!カッコいいよね!もうメロメロだよ!


そんな私はワクワクMAX。完全に浮かれていました

下に落ちていたボールの存在なんて一ミリも気にしていませんでした。というより眼中にありませんでした

鬼道コーチと密室…いやぁ〜今日私とってもついてる
良からぬ妄想をしながら棚の上から二段目に積み上げられたコーンを取ろうとした瞬間


「っ名字!」

「うぇっ!?ふぎゃーっ!」

足がつるん。見事にサッカーボールを踏みつけ横の棚に激突。そのまま倒れそうになって上から荷物が落下してきたのを、なんと鬼道コーチが体をはってかばってくださったのだ


そして…
鬼道コーチが上体を起こして庇っているのに私が上にまたがっている状態というわけでして


これほどまでにない密着
た、確かに鬼道コーチは大好きだけど。それはそれ。これはこれ。憧れみたいなものであって決して恋愛でとかそういう意味じゃない

だけど爽やかな安心する匂いで不謹慎ながら顔がもう熱くて仕方がなかった
イケメンは匂いも素敵なんだね!

胸板とか、抱き締められてる腕とか大人の人そのもので。というより家族以外の男の人とこんな事なったことがないから、もう頭が爆発しそうで息がうまくできない


ガタンと大きな音と近くに何かが落ちた音が聞こえて、あぁ荷物をどかせたのだと分かった


ふいに緩められる腕
両手がそっと私の肩に触れた。体を気遣ってくれているのか優しく起こしてくれる



「名字怪我はないか」


もうとろけそうな程の優しい声
いつもは厳しい鬼道コーチは柔らかく問いかけてくれた


「大丈夫、です。そうだ!コーチは、コーチは怪我してませんか!」

「俺か?別にどうという事はない。伊達に鍛えてはいないからな」



あぁもう、カッコよすぎます…!!
重くてすみませんと謝るとむしろ軽いとこれはまたまた口説きの常套文句を口にする鬼道コーチ


「名字。そろそろ」

「鬼道コーチ大好きですーっ!!」

「なっ!?」



たまらなくて抱きつけば本当に押し倒したみたいになって、まぁいいかととりあえず胸板に抱きついておいた。いい匂い!
鬼道コーチイケメンすぎます!大好きです!


「おい!名字分かったから上から退っ…」

「兄さん…何してるの」



余談ですが
スカートが全開に捲れてて、発見当時、そりゃあもうただのコーチを襲う痴女にしか見えなかったみたいですわ
ですよね!!


音無先生に二人してしつこく叱られたのは言うまでもないです








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