一乃くんを部室の固いベンチの上に押し倒すと、彼は顔をタコさんみたいに真っ赤にさせ、パクパクと口を開いたり閉じたりしながら私を見た。言葉が出ないみたいだ。
そりゃ、いきなりだもんね。ごめんね、驚かせちゃって。でも、私だけが悪いってわけじゃないと思うんだ。一乃くんも悪い。一乃くんが可愛いのが悪い。一乃くんがかっこいいのが悪い。悪い悪い一乃くんも悪い。それに彼がいた場所も悪い。部室に一人で、今まさにユニフォームを脱ごうとしてて…だから押し倒しちゃうのは当然でしょ?当然だよね。

押し倒す、というより一乃くんの上に乗って、彼の胸に顔を埋めている状態の私。そんな私の肩を掴み、緩い力で剥がそうとしてくる一乃くん。どうやら少しだけ落ち着いたようだ。


「名字、と、とりあえず離れてくれ!」
「嫌だ」
「と、とりあえず!な?とりあえず、離れよう!な?」

普段より幾分か上擦った声で私の肩を掴む手に力を入れる一乃くん。
真っ赤な顔で可愛いなぁ。


「なんで?」
「え、……は?」
「…一乃くんが悪いんだよ」
「っ、な…な、ななななななにして…!!」


スッと彼の脱ぎかけのユニフォームを捲ると、彼はかなり混乱した様子でじたばたと暴れ始めた。そんな彼の唇の横に自分の唇をくっ付けると、彼は面白いくらいに硬直して、それから先ほどよりも真っ赤な顔で私を見る。


「一乃くんがかっこよくて可愛いから、いけないんだよ」
「っ…名字…、だ、だめ…」
「何が駄目なの?私たち、恋人同士だよね?」
「こ、ここは部室だぞ?誰が入ってくるか分からないのに、こういうこと、するわけには…」
「…だって」


私は手を止めて、それから真っ赤な顔をした一乃くんを見下ろす。
ねえ、一乃くんは気づいてた?こうして二人きりになるのは、とても久しぶりだってこと。最近はキスはおろか、ぎゅうだって、手を繋ぐことだってしてなかったんだよ?我慢できなくなって、当たり前だよね?…少なくとも、私はそうだったよ。一乃くんは?一乃くんは違うのかな?

私がそう言うと、一乃くんは少しだけ困ったような顔をした。……。
そろりと一乃くんの上から降りると、彼は少しだけ目を見開く。


「…もう、いいよ」
「…名字」
「困らせちゃって、ごめんね。…もうしないよ」
「名字、俺は…」
「…ごめんね一乃くん」

ふらりとした足取りで、私は部室の出入り口に向かう。だけど、一乃くんに手をつかまれて、私は再び彼の上に戻ってしまった。といっても、今度は彼が身体を起こしていたから、押し倒す…というよりは腕の中に飛び込んだ、という表現の方が適切だ。


「一乃くん…?」
「寂しい思いをさせてしまって、すまなかった」
「……」
「だけど、聞いてくれ。…俺は、こんなところで、そういう事はしたくない」
「……ごめん」
「…っ」


一乃くんは息を飲み込むと、私を思い切り抱きしめた。
ぎゅうぎゅうと痛いくらいに私を包み込んだ一乃くんは、切なげに話し始める。


「名字が可愛すぎて、何をしてしまうか、分からなかったんだ」
「…え?」
「名字#の、可愛い姿を、他の奴に、見せたくないんだ。見られてしまったら、俺は気が狂うかもしれない」
「一乃くん…」
「本当は今すぐにでも、名字を愛したい。だけど、だけど…、……っ、ごめん、俺…何言って…」
「っ、嬉しい!」


私のほうからも一乃くんに抱きつくと、彼は支えきれなくなったのか再び後ろに倒れる。だけど、今度はその状態でも一乃くんは優しく笑ってくれた。それが嬉しくて私も彼に笑い返したと同時に部室のドアが開く音がした。


「あのさ、一乃はもう少し自分の言葉に責任を持ったほうがいいんじゃないかな。あと名字は本能のままに走りすぎ。…この馬鹿ップルが」


笑いながら、だけど冷ややかに私たちを見る青山くんに、私たちは何も言えなかった。





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